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キミ想ウ花束  作者: 桜美 咲蘭
春、風、嵐
49/107

5

「な、な、な……」

「ごめんね♡」


ようやく脳が情報処理を終えた頃には、もうパニックだった。

現実の受け入れが間に合ってない。


「会って間もない人とキスするのが趣味なんですか!?」

「どういう趣味?」

「こっちが聞きたいです!!」


こっちは本気で怒ってるのに、

どこ吹く風で「まあまあ落ち着いて」となだめてくる。

その空気が妙に冷静で、私が悪者みたいに思えてくるのが、余計に腹立たしい。


「ちょっと作戦会議しようよ」

「しません!」

「いいから」


気づけば、公園のベンチに座らされていた。

朝比奈先輩は、悪びれる気配もなく軽いトーンで「ごめんね」と呟く。


謝罪って、その軽さで成立するんですか。


「……あの女の子、強敵だね」

「……」

「澪ちゃんの中で、こう……ドロドロした感情が見えそうだったから」

「だからって」

「可愛い顔が、台無しだったよ」

「可愛くないです」

「可愛いよ」


「……かわいい。」


真正面から、真っすぐに。

冗談かと思っても笑ってないその顔に、鼓動が跳ねた。


まるで、朝比奈先輩が張った蜘蛛の巣に、自分から引っかかりに行った気分になる。


「嫉妬とかさ。そういう感情でぐるぐるして、

“嫌な女”になるくらいならさ。

俺への怒りに変換して、“可愛い子”でいようよ」


ああ、もうほんとに甘い。

その場しのぎのくせに、心の奥まで響いてくる。


「俺が澪ちゃんって呼んだら、黒瀬くんはどう思うかな?」

「……どうって」

「澪ちゃんが俺のこと“颯先輩”って呼んだら、黒瀬くんはどう思うかな?」

「……そんな、試すなんて…」

「駆け引きだよ。

ずっとぬくぬく初恋にしがみついてるだけじゃ、前に進めない。

ね?俺と契約しようよ」


「……黒瀬くんが、それであの子を選んだら……

私の初恋、終わっちゃう」


それでも。

黒瀬くんが選んだ相手なら、仕方ないって――

少し前の私は、そう思ってた。


“推しの幸せが、私の幸せ”。

本気で、そう思ってた。


でも――


(あの子には譲りたくない)


あの子のこと、何も知らない。

でも、なんか……いやだ。


そんな私の胸の奥の黒い感情を、

まるで見透かしたように、朝比奈先輩が言った。


「――俺がいるよ」


黒瀬くんという扉の隣に、

“朝比奈颯”と書かれた新しい扉が、ふわりと現れる。


「2択ある。澪ちゃんは、選べる」


そんなの。

選べるわけない。選びたくない。

初恋は、ひとつしかないのに。


「……朝比奈先輩は?」

「ん?」

「選ばれないですよ?」

「なんでだよ。早いな。もっと考えろよ、バカ」

「……暴言」

「俺は俺で頑張るの。

澪ちゃんが俺を選ぶ未来だって、ちゃんと考えてるの」


「今日はなくても、来週にはあるかもしれない。

1年後かもしれない。もっと先かもしれない」


「……颯、先輩……」


不意に名前を呼んでしまった瞬間、

朝比奈先輩の目が柔らかく細まった。


「うん。よし。契約成立」


いたずらっぽく笑って、手を差し出してくる。


「よろしくね?澪ちゃん」


その手を取った瞬間、

私の春が、もっとややこしくなる気がしてならなかった。

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