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あの頃、鉛筆を持って震えてた手は
今はお酒を持って震えている。
年を取るごとに、
初恋はどんどん、迷宮入りしている。
気持ちを伝えるという選択肢だって、もちろんある。
でも──伝えて、玉砕してしまったら、
すべてが終わってしまう気がして。
関係が途切れてしまうくらいなら、
黒瀬くんへの想いは、迷宮に閉じ込めたままでいい。
だって──
『黒瀬くん、好きな人いるし』
そうやって泣いていた女の子たちを、私は何人も見てきた。
──伝える勇気よりも、失う怖さの方が、ずっと大きかった。
「でもさ、黒瀬くんって、彼女いた感じないんでしょ?」
紗夜がビール片手に言ってくる。
「……たぶん、ないと思う」
「え、じゃあさ、黒瀬くんって……童──」
「それは絶対ない!!!」
「え?え?そこ否定していいとこ?」
「あんなカッコいいんだから、女の子が放っておくわけないって……」
知らないところで、
誰かと付き合ってる可能性なんて、いくらでもある。
だって、黒瀬くんだよ?
彼の選んだ人なら、きっと素敵な人だ。
私なんかがどうこう言ったところで、何も変わらない。
……分かってる、けど。
あれれ、なんでだろう。
胸の奥が、ちくりと痛い。
「……会いたかったなー」
ふっと浮かんだ、あの笑顔。
ただ、それを思い出しただけで、
どうしようもなく、会いたくなった。
別に、私に笑ってくれなくていい。
目が合わなくても、話さなくてもいい。
ただ、姿を見れたらそれだけで、少しだけ救われる気がする。
⸻
「黒瀬くんじゃないけど、もう1人、祝ってくれる人来てくれるって」
「西園寺先輩以外でお願いしまーす」
2時間ほど、わちゃわちゃして。
笑って、飲んで、ちょっと泣きそうになって。
──そのときだった。
「白川〜〜!」
「……でた!」
「でたってなんだ!先輩だぞー!」
「すっごくいい誕生日プレゼントしか受け取りませんからね」
「ぐふ。今日から俺のこと“超絶イケメン陽様”って呼べよ」
くだらないことを言いながら、西園寺先輩がふと振り返る。
その視線の先を──私も、追う。
──そして。
「……おつかれ」
黒瀬湊が、そこにいた。
幻覚?
幻聴?
夢?
……え、私、明日死ぬの?
ちょっと困ったような笑み。
その顔を見た瞬間──
また、落ちていく。
13年目の、初恋に。