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中学一年の春。
新しい生活に弾む気持ちと
不安な気持ちが混じっていた。
友達できるかな?隣の席はどんな子だろう。
人見知りな私にとって初日という言葉と
馴染むという行動は地獄みたいなことだった。
1番後ろの席に座って机に教科書を置く。
ああ、多分私クラスに1人はいる
いたかどうか分からない人間になるだろうなって
子供ながらに思った。
隣の席の子が座る動きが視界に入った。
チラっと隣を見ればタイミング悪く視線が絡む。
「…よろしく」
たったそれだけ。
たった四文字のあいさつ。
でもそのときの私は、人見知りと、
そして目の前の男子があまりにもイケメンだったことに
パニックになって、返事ができなかった。
心臓がばくばくして、喉が詰まって、言葉が出なかった。
(……やばい。無視した……)
後から襲ってきた罪悪感は、何年経っても消えない。
せめて、ちゃんと話せるタイミングが来たら、謝ろう。
もうずっと隣の席の男の子で頭がいっぱいだった。
⸻
そんなある日の放課後。
日直の当番で隣の席の男の子と2人きり。
パチンパチンってホチキスの音が響く。
会話が何一つ生まれない。
そんな地獄の時間に目頭が熱くなった時
彼がぽつりと言った。
「白川の字、綺麗だよな」
「……え?」
まさか話しかけられると思っていなくて、反射的に聞き返す。
「字、綺麗」
彼が見ていたのは、私が黒板に書いた連絡事項。
「……ありがとう」
ようやく、ようやく、会話が成立した瞬間だった。
もっと他に話すことがあった気がする。
名前とか、天気とか、好きな教科とか。
でも彼は、こんなことを言った。
「俺の名前、書いてよ」
「…名前?」
「黒瀬湊
黒に、瀬戸内海の瀬、さんずいに奏でる。これ書いて」
一瞬、手が震えた。
それを見て彼が、ふっと笑う。
「……なんで震えてんの」
その笑顔に──私は恋に落ちた。
あぁ、この人だ。
私の初恋は、この人だった。
「白川澪。名前も綺麗だよな」
心の中でご両親に叫んだ。
こんな素敵な男の子に出会わせてくれて、
ありがとうございます。
⸻
「白川に嫌われてると思ってた」
「えっ、そんな!私の方こそ……」
「なんで?何もしてないのに、嫌わないよ」
「最初のあいさつ、無視しちゃって……」
「あ〜……確かに、ちょっと傷ついた」
「ご、ごめん……」
「嘘だよ」
「……よ、よかった〜!」
「あ、やっと笑ってくれた」
そう笑う彼に、その笑顔に確信的にスコーンと恋に落ちた。
話せたことも、名前を覚えてくれていたことも
全部、全部が嬉しくて
初恋のボタンをポチっと押したと同時に
地獄の初恋がスタートした。