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帰り際、私はいつも遠くから黒瀬くんの姿を探す。
少しだけ遠巻きに、
ほんの数秒でも彼を見つめてから帰るのが──私の日課。
ストーカー? ……うん、もうなんとでも言ってくれていい。
推しがいるって、それだけで明日を生きる活力になるんだよ。
見つけられたらラッキー。
見つけられなくても、「明日は挨拶できるかな」って、
その小さな期待で、私の生活は、黒瀬くんを中心に回ってる。
「澪!ほら、行くよ!飲み!」
「紗夜〜!ありがとう〜!」
会社から歩いて10分。
お気に入りの居酒屋へ向かう道すがら、私は空を見上げる。
夏の夜。湿った風。
はぁ、と小さなため息がこぼれた。
「そんなため息ついてるとさ、また月曜日も会えなくなっちゃうよ?」
「……それはやだー!」
「でしょ。紗夜様がとことん付き合ってあげるから!」
「紗夜〜っ!」
思わずぎゅっと抱きついたら、無言で剥がされた。
……そこまでは、付き合ってくれないらしい。
「お誕生日おめでとうー!カンパーイ!」
「もう明日は休みだし!気が済むまで飲んでやるー!」
華金の夜は、人も声も、賑やかで。
それでも私は、無意識に──
ここにはいないはずの黒瀬くんを、つい探してしまう。
「初恋の人が13年も近くにいるんだからさ。
どこかで、玉砕覚悟で告白とかしないの?」
「……玉砕前提なの悲しくない?」
「でもさ、澪のそれって“初恋”ってより“推し”にグレードアップしてるじゃん。もし玉砕したら、もう何も残らないんじゃない?」
「……黒瀬くんを思う気持ちがなくなったら、私には……何が残るのかな……」
「……」
「引かないで〜〜!!」
紗夜がビールを一気にあおる。
私は笑って、でもちょっとだけ本気で、泣きたくなる。
──あの頃の、初々しい中学生の私へ。
「これから13年間、ずっと終わらない初恋地獄が続くから覚悟しとけよ☆」
……って、言ってやりたい。