13
季節は残暑を残しつつも、秋へとゆっくり移り変わっていた。
そんなある日のこと。
仕事を終えてスマホを開くと、高校の同窓会のお知らせメールが届いていた。
――黒瀬くん、来るのかな?
思考の行き先には、いつも黒瀬くんがいる。
今日は、黒瀬くんチャンスがゼロの日。
しょんぼりしながらエレベーターに乗り込み、
端っこでスンとしていたら――
16階で扉が開いた。
……なっ……!
眼鏡姿の、く、く、く、黒瀬くん……!
思わず目を見開いた。
エレベーター内がザワつく。やっぱり……イケメン情報網、存在してる……?
私は端で完全に埋もれてて、後頭部しか見えない。
でも、黒縁メガネだった。写真撮りたい……!
1階に着いて、黒瀬くんが先に降りる。
どうしよう。前に喋りかけてくれたから、
認識はしてもらえてるはず……!
⸻
「……く、黒瀬くん!」
私の渾身の呼びかけに、立ち止まって振り返る。
目が合った瞬間、ぶわっと体温が跳ね上がる。
私、今、鼻血とか出してない……よね?!
「……あ、おつかれ」
「あ、えっと……今日はもう、帰るの?」
「うん」
「そっか!おつかれ!……えっと、呼び止めてごめんね…!えっと…おつかれ…」
焦って言葉が出ず、同じことを二回も……。最悪……。
「帰り、電車だっけ?」
「あ、うん」
「じゃあ、駅まで一緒に行こうか」
神様、ありがとう!
⸻
黒瀬くんの横を歩くなんて――
贅沢すぎて、何かの罰が当たりそう。
「……眼鏡してるの、初めて見た」
「あー、今日はずっとデスクワークだったから。外すの、忘れてた」
眼鏡を外そうとしたその手に、注意喚起!
「すっごい似合ってるから!ね!」
「おお、ありがとう」
笑った――!
眼鏡と、照れ笑い。
Wパンチ。破壊力、半端ない……!
⸻
ちょっとした勇気が、少しだけ私を成長させてくれた気がした。
駅までの道が、今日はどこまでも続いてくれたらいいのに。
「あ、そうだ。高校の同窓会のメール、見た?」
「あー、見たよ」
「……黒瀬くんは、行くの?」
「今のところ予定ないし、行こうかなって」
「そっか。黒瀬くん来たら、みんな喜ぶと思うな」
……その中に、黒瀬くんの想い人もいるのかな?
“久しぶり”って声をかけられて、再会して、想いが実って――
胸が、きゅう、と痛んだ。
黒瀬くんが幸せで、笑っていてくれたら、それだけでいい。
でも、その「幸せ」が私じゃないなら、やっぱり苦しい。
……わがままかな。欲張りすぎかな。
「白川さんは行くの?」
「……どうだろ」
苦笑いしか浮かばない。
私の高校時代の記憶は、ほとんど黒瀬くんで埋まっている。
「俺行くけど。来ないの?」
「……え?」
「来ないの?」
黒瀬くんが立ち止まり、つられて私も足を止める。
絡んだ視線に、心拍数がどんどん上がっていく。
「どうする?」
……私が行っても、行かなくても。
何も変わらないって、思ってた。
「……行く」
見つめられて、固まって。
それ以外の言葉が、言わせてもらえないような空気。
狡いよ。
黒瀬くんは、ほんとに……狡い。
「ほんとに?」
「……うん、行く」
「わかった」
再び、歩き出す。
強引に流れを作られたけど――
あんなふうに見つめられて、断れる人ってこの世に存在する……?
「じゃあ、一緒に行こっか」
「え!?」
「駅集合で」
「ちょ、ちょっと待って!」
「この前の、キラキラした白川さんがまた見れると思って、楽しみにしてる」
「……黒瀬くん!?私の声、聞こえてる?!」
「ん?」
「……聞こえてない」
悪戯な笑顔。
どこでそんな技、覚えてきたの……!
「じゃ、日曜日の15時。駅の東口で。来いよ?」
私の反論なんて、聞くつもりもなく去っていった。
情報処理が間に合わない……!
⸻
翌日・社内
「もう分かりません!黒瀬くんって何者!?」
「元からそういうタイプだったんでしょ。
澪が知らなかっただけでしょ?」
「……そうだけど」
「……好きなら、知っとけよ」
「西園寺センパーイ!なんで拗ねてるんですか〜!」
「おま、触んな!」
西園寺先輩の髪をワシャワシャしたら、ぷいって逃げられた。
「同窓会!ひまわりのようにキラキラしてきます!」
「達者で」
キラキラ、かわいく。
全部、黒瀬くんのために。