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キミ想ウ花束  作者: 桜美 咲蘭
ふたり、ひとつ
102/107

3(N)

最後の賭けだった。

あの日、白川さんを追って会場を出ていった黒瀬先輩。


どうなったのか、どんな顔で私を見るのか――

正直、少し楽しみだった。


 


なのに。



「七瀬、今日からひとり立ちな」

「……え?」


思わず聞き返した。


「なんでですか?他の子たちはまだ――」

「黒瀬が言ってた。七瀬は優秀だから、1人でも大丈夫だって」


その一言で、体からすっと血の気が引いていった。

……黒瀬先輩が?


急いで自分の席に戻ると、隣の席が、空っぽになっていた。

ノートもペンも、私の好きなあの横顔も、何もなかった。


廊下に飛び出す。

彼の影を、必死に追いかけた。




「…湊先輩!」




お願いだから、



「……黒瀬先輩!待って!」



声が掠れた。

でも、ようやく立ち止まった彼が、ゆっくりと振り返る。


 


「……どうして、ですか? 私、まだ――」

「七瀬さん、優秀だよ。ひとりでも平気だよ」

「そんな……っ」


涙が滲んでくるのを堪えながら言葉を探す私を、

先輩は無言で見下ろして、

つま先で、私たちの間に“線”を引いた。


「七瀬さんがその線を見失うたびに、俺は何度も引き直してきたんだけど」


「……ちょっと、自由にさせすぎたかもね」


 


声が、冷たい。

あの優しさは、全部幻想だったの?




「俺は、キミに興味がない」



一瞬、息が止まった。

心臓が――ドクンと大きな音を立てて、落ちていった。



「あと、これはお願いってより忠告なんだけど」



目を細めて笑ったその顔には、かつてのあたたかさが欠片もなかった。




「白川に、関わんなよ」




声の温度が、空気を凍らせる。

ただの言葉じゃなかった。

威嚇でも、警告でもない。

それは“命令”だった。


 


腰が抜けて、床に崩れ落ちた。

何かを言おうとしても、声にならなかった。


さっきまでの優しさが嘘だったみたいに、黒瀬先輩の瞳は一片の情も宿していなかった。

見下ろすその目は、まるで踏みつけた泥に気づきもしないような――冷たい軽蔑を一瞥だけ残して、

黒瀬先輩は、私の世界ごと切り捨てるように背を向けて歩き去っていった。



ポタポタと、涙が落ちる音がやけに大きく響いた。

恐怖で泣いたのは、たぶん、生まれて初めてだった。





「……相手が悪かったね」


不意に差し出された、白いハンカチ。

視線を上げると、そこに立っていたのは――

どこか飄々とした、でも得体の知れない笑みを浮かべた男。



「俺は君の味方じゃないし、君を手札にするつもりもないけど」


すっと顎に触れて、持ち上げられる。


「……キミを手懐ける自信は、あるんだよね」


その言葉が、甘い毒のように耳の奥に絡みついた。




「……キミ、今どんな顔してるか分かる?」


「今まででいちばん、可愛いよ」


「――捨てられて、怯えてる、子猫ちゃん」


目が笑っていなかった。

でも、その狂気すら、どこか魅力的に映る自分が、怖かった。


「さて」


唇だけで綴られるその言葉に、空気が震える。



「……ゲーム、スタート」





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