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キミ想ウ花束  作者: 桜美 咲蘭
ふたり、ひとつ
101/107

2(H)

澪ちゃんと、ふたりで居酒屋のカウンターに座っていた。

あたたかい照明。煙るような空気。

彼女がグラスの水を指先でなぞる仕草が、妙に静かだった。


「……黒瀬くんと、お付き合いすることになりました」


ぽつん、と言葉が落ちる。

ぺこりと、真面目に頭を下げる澪ちゃん。


――ああ、そうか。

深刻そうな顔してたから、もしかして「うまくいかなかった」報告かと思ってたのに。


「マジかぁ。ちゃんと振られちゃったな、俺」


思わずそう漏らすと、彼女は眉を寄せて首を振った。


「……振ってないです。告白されてません」


その言い方が、やけに優しくて、でも遠くて。


「だって、先輩は私のことなんか……好きじゃないですもん」

「えー、好きだよ?普通に」


軽く笑って返してみる。

本気じゃないフリが、癖になってた。


でも澪ちゃんは、ふふっと笑って、もう一度首を振った。


「……私には、先輩はもったいなさすぎます」


その言葉に、一瞬だけ言葉が詰まる。

笑おうとしたのに、のどが動かない。


「もし……もし黒瀬くんと出会う前に、颯先輩と出会ってたらって、考えたんです」


彼女はグラスの水を揺らしながら、視線を落としたまま続ける。


「……何回考えても、多分、先輩は私のこと、好きにならないなって」

「なんで?」


思わず声が出た。

ほんの少し、棘が混じっていたかもしれない。


「私が、誰かを好きになってないからです」


その答えに、息を呑んだ。


無垢すぎる。まっすぐすぎる。

澪ちゃんは、自分が思っているよりずっと、人を見てる。


「……もしかしたら、“いいな”とか、“気になるな”って私が思ったとしても……。でも、そういう私のこと、先輩は興味ないですよね?」


それは、正解だった。


たぶん俺は、誰にも向いていない目に惹かれることはない。

無自覚な子を好きになるほど、純粋じゃない。


「先輩が、本当に好きな人に出逢って、本気を出したら……絶対、簡単に落とせると思います」

「……」


「七瀬さんとか、意外と燃えるんじゃないですか? 先輩なら、手懐けそう」


冗談のつもりだろうけど、妙に的確で、ちょっとだけ悔しい。

たしかに俺は、そういう駆け引きのほうが得意なのかもしれない。


会計を済ませて、店を出た瞬間――

空気が変わった。


ビルの影に、静かに佇む人影があった。


黒瀬くんだった。

仕事帰りのスーツ姿で、腕を組み、微動だにせずこちらを見ている。

感情の見えない目。だけど、ただの無表情じゃない。


――お。意外と独占欲、強いんだな。


少しだけ口角を上げて、俺は澪ちゃんの手を取った。


「……っ、先輩?」


無防備な腕を引いて、軽くバランスを崩した彼女の身体を支えながら、

その頬に、迷いなく口づける。


「……せ、んぱい!?」


大きく見開かれた瞳。

混乱と驚きと――たぶん、少しの戸惑い。


その全部が、愛おしくて。

でも、もう届かないと分かっているからこそ、痛くて。


「……ごめん。つい、ね」


軽く笑ってみせたけど、もう言い訳はしなかった。

何を言っても、届かないことくらい、俺が一番わかってる。


「つい、って……!?」


澪ちゃんが頬を押さえながら怒ってくる。

けど、その言葉の続きを、黒瀬くんが遮った。


彼は無言で澪ちゃんを抱き寄せ、その背に腕を回す。


「……何もされてないです」


澪ちゃんが慌てて言うと、俺は悪びれず肩をすくめる。


「えー?されてたよ? ほら、ここ」


頬を指差してニヤリと笑う。


「……あっ! 先輩、帰国子女でしたよね?! 文化の違い的な!」

「ん? 違うよ」

「ちがっ……! せんぱいっ!!」


必死な澪ちゃんが可愛くて、思わず笑いそうになる。

でも、その瞬間、黒瀬くんの瞳が細くなった。


――あ、まずい。これは、本気で怒ってるやつだ。


次に彼が口を開いたのは、俺に向かってだった。


「……前に言ってましたよね。どっちも助けるのは無理だって」

「うん、言ってたね」


「でも、俺はどっちも助けますよ。ただし――」


その声は、低く、静かで、妙に冷静だった。


「最優先は白川です。それ以外は、どうなろうがどうでもいい」


一瞬、背筋がゾクリとした。


本気で守りたいもののために、他を全部切り捨てられる人間。

……なるほど。怖いのは、強さじゃなくて、その覚悟だ。


「……泣かせんなよ?」


「……言われなくても」


黒瀬くんはそう言って、さらに強く澪ちゃんを抱き寄せた。

その肩越しに見えた澪ちゃんの横顔は、もう俺を見ていない。


――ああ、これはもう、完全に終わったな。


俺はゆっくりと視線を逸らしながら、ふっと笑う。




さて。

次は、どんなゲームを始めようか。




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