第74話 大司教の末路
◇ダムロス大司教視点◇
「ぐはぁ……はぁはぁ……グッ……」
わたしはゆっくりと目を開けて、半身を起こした。
周辺にはへしゃげた木々が散乱している。
肉体は……
「普通の人間に戻っていますか……」
恐らくは強化人間から戻る最中だったから、落下の衝撃に耐えることができたのだろう。
そして、はるか彼方に吹っ飛ばされたさきが森で助かった。
「この森の木々がクッションになったというわけですか」
にしても……なんなんですかあのポーション王子は。
わたしの最高傑作であるクスリを無効化するとはぁ……
あり得ない事ですが、わたしが人間に戻っている以上認めざるを得ないですねぇ。
クソォ……
「――――――クソクソクソぉおおおお!」
わたしのクスリをぁああ!
聖女ラーナも逃したぁあ!
森中に響くわたしの声。
「ふぅふぅふぅ……」
ふざけやがてぇ……だがぁ。
「クフフ……ですが生き残りましたよぉ。助かりましたよぉ。わたしの強運を侮りましたねぇ」
そう、終わっていないんですよぉ。
聖教国でなくても、わたしの作り上げたネットワークを使えば他国に潜伏など容易です。
教会の秘密施設は、わたしが仕込んだ自爆魔法陣を起動させれば、すべての証拠は消えますしぃ。
それにぃ……必ずクスリの力を欲する輩はぁ~どこにでもいますからねぇ。
施設さえ消えれば、製造方法はわたしの頭の中だけになりますから。
「さて、ここは……どこですかね」
魔力も枯渇していますから、自爆魔法陣を遠隔起動するにも相応の魔力が必要ですし。
あのクソ王子のポーション強化されたバカ力で、随分と遠くに飛ばされてしまった。
まずは人里に向かって、回復せねば。
と、立ち上がったわたしだが、ピタリとその動きは止まる。
暗闇からなにかが聞こえてきたからだ。
「……グルウウウ」
むっ!?
魔物ですか!
あれは、ブラックウルフですか。
「マズいですねぇ……」
ブラックウルフ程度ならば、魔力があればなんてことはないのだがいまは魔力が底をついている。
一匹ならなんとか逃げれるか……いやあの魔物?
よくよく見てみれば、片足を引きずっていますねぇ。それに口周りには吐血したあと。
「なるほどなるほどぉ~手負いでしたかぁ」
わたしの口から、ぬちゃぁ~とした笑みが勝手にこぼれてきた。
素早さが脅威であるブラックウルフ。だが目のまえにいるやつはそうではない。
わたしはゆっくりとした動作で、近くにあった木の棒を手に取った。
「さぁ~~いらっしゃ~~い」
クフクフクフ、やはりわたしは助かる運命にあるようですねぇ。
このゴミをさっさと片付けて、森を出ますよぉ。
んん? ゴミの後ろからなにか……?
「……グルウウウ」
「ゴロォオオオ」
「グギャギャギャ」
声の響いた方に視線を凝らすと、暗闇から一匹また一匹と獰猛な魔物がその姿を現してきた。
なぁあ!?
ぐっ……これはマズいですよ。
なんですか、あの死にぞこないブラックウルフの血のにおいが、他の魔物を呼び寄せたのでしょうか。
ならばブラックウルフが魔物たちに食い殺されている隙に、反対側に逃げれば―――
――――――!?
「……グヌゥウウウ」
「キュロォオオオ」
「ギョギョギョォ」
「コロコロコロコロ」
「シュタァアアア」
「ば、バカなぁ!」
反対側からも暗闇からゾロゾロと現れた魔物たち。
いや―――反対どころではない。
左右から、四方八方から、気持ちの悪い奇声が次々と重なっていく。
「上空にまでですか!」
地上のみならず、空にまで魔物たちがぐるりと旋回している。
わたしが声を上げるたびに獰猛な唸り声をあげる魔物たちは、その視線を確実にわたしに向けている。
「な、なんですか。この魔物たち。取り囲むようにわたしを!」
「ギャギャンァンン!」
「ブハッブハッ!」
興奮するかのような反応をみせる魔物の大軍。
おかしい! いくらなんでも魔物が集まりすぎですよぉ!
そもそも、これだけ別種の魔物たちが足並みを揃えるなどあり得ない。
しかもあの負傷したブラックウルフも、他の魔物の餌食になっていないではないですか。
いったいどういうことだ……んんっ!?
焦っていたわたしは、そこで周辺に漂う異様な臭いに気付く。
なんですかこの臭いは。
さらに魔物たちがじりじりと包囲網を狭めてきたことで、やつらの外見が鮮明になってきた。
よく見れば多くの魔物が、なにかしらの傷を負っている。
魔物同士のひっかき傷や噛み傷ではなく、なにかしらで焦がされたような火傷。
焦げる……?
ちょっと待てよ……魔物どころか地面や木々も焦げ跡が無数にある。
――――――まさか!
わたしが広域殲滅魔法を試し撃ちした森……
たしか魔物どもがゴミのように燃えていった、あの森……
「ここは魔の森ですかぁあああ!!」
「ギュルアアアアア!」
「グッホッグッホッ!」
「ギャッハッギャッハッ!」
ひときわ大きな声を漏らしたわたしに、魔物たちは凶悪な唸り声の合唱をはじめた。
「こいつら……わたしの声を覚えているのかぁ!」
拡声魔法でフロンド全体に声を響かせましたが……ここまで聞こえていたのか?
魔物の聴覚がどこまで発達しているのかなぞ、正直しらん。
だが……だが……
今、現実的にわたしを取り囲んでいる魔物たちの目や仕草……
獲物を狙うというよりは……むしろ憎悪の固まりといったたぐいのものだ。
「わ、わたしは森に飛ばされて……ほ、本当に助かったの……か……」
そんな疑問の言葉は興奮した魔物たちの唸り声が上書きされていき――――――
森から人の声はしなくなった。
その後、大司教の姿を見た者は誰もいない。




