第59話 ポーション屋敷での女子たち
「ふぉ……朝か……」
むう? 右手と左手が動かない。なにかに挟まっているようだ。
俺が左右に首を振ると、ラーナ巨峰とアイリア巨峰が眼前にそそり立っていた。
俺の両腕はその両巨峰の渓谷に、がっちり挟み込まれている。
「ぐっ……柔らかいクセになんて吸引力だ」
何とか身をよじらせて、2つの山から抜け出した。
が、つぎに行く手を阻むあらたな巨峰。
これは、エトラシアか。これもなかなかの名山だな。
なんとか山脈地帯を抜けた俺をまっていたのは、なだらかな平地。
リタとティナだ。
ここは容易に通行できるぞ……本人たちには言わないが。
最後に、俺の上に乗っていた小山のライムだが。
この子はまだ5歳だからな。当然平地であるのだが……心なしかリタやティナよりもすでに……いや、やめておこう。
山の大きさで、人の価値が決まるわけではない。
などと朝のくだらない遊びを終えた俺は、ベッドから降りた。
アイリアたち王女一行がいきなり押しかけてきてから、1週間がたった。
相変わらず、女子全員が俺の部屋で寝るという意味不明な状況が続いている。
王女たちが来た翌日にはリタが壁を削って、隣の部屋とつなげてくれた。
ベッドもさらに拡張した大きなものに改造されている。
エトラシアたちが住み着いたときもひとつ部屋をつなげたので、この部屋は3部屋分の広さがある。
この調子で行くと、全部部屋がつながってしまうんじゃないかと思ったが、この子たちが特殊なんだってことにしておこう。
「さて、いくか」
グッと伸びをして、リビングに向かう。
ちなみに俺にのかっていたライムはしがみついて離れないので、そのまま抱っこで連れていく。
「ん? リアナとユリカはもう起きているのか?」
一階に降りると、黒いメイド服が「おはようございます」と、姿勢を正して俺に頭を下げる。
リアナ(17歳)はアイリアたちの侍女として、俺のポーション屋敷までついてきた。
端正な顔立ちで、黒い瞳が鋭い眼差しを放つ。
細い身体だが、そのメイド服の中は引きしまった筋肉が詰まっている(たぶん)
メイド服は伝統的な黒と白のロングドレス風だが、スリットが深く入っており動きやすい(なんかチラチラ見えそう)
ブーツは軽量で音を立てずに走れる仕様で、たしか太ももにナイフやワイヤーなど隠し武器を装備していたはず。
そんなリアナが黒いショートボブを揺らして、顔を上げた。
「はい、クレイ殿下。ユリカさんと朝食の準備をしております」
「クレイ様、リアナさんお料理とっても上手ですよ! 特に包丁さばきはすごすぎます!」
キッチンから出てきたユリカが、少し興奮気味に口を開く。
まあリアナは戦闘メイドでもあるからな。特にナイフさばきは、特殊部隊も真っ青な腕前だ。
「そうか、朝飯の用意してくれてありがとうな」
「いえ、クレイ殿下。これも侍女のつとめなれば」
「ああ、殿下はいらんぞ。クレイでいい」
「はい、クレイ殿下」
もう一週間もたつのに、リアナは未だに俺の事を殿下と呼ぶ。
「あと、侍女のなんたらとか堅苦しいのもいらんぞ。ここは王城じゃないし」
「はい、クレイ殿下」
「だから殿下はいらんからな」
「はい……では、クレイ大将でしょうか? それともクレイの旦那?でしょうか」
いやいや、どっかの居酒屋かよ。
「普通にクレイでいいんだ」
「はい、クレイ……さま」
うむ、まあこれでいいか。王族仕えがしみ込んでいる彼女に、いきなり呼び捨てで良いといっても難しいだろうし。
「ふふ、こうしてはたから見ると、クレイ様は王族の方だったのだなぁって、不思議な感じがしますね」
「ああ、元王族であるのは確かだな。ユリカも様はいらんのだけどね」
「ダメです。わたしが好きで呼ばせて頂いているので、その要望は却下です」
そう言いながら、温かいコーヒーを俺の前に置いてくれるユリカ。
この子もリアナに劣らず、気配りのできる女の子だ。
まあ本人いわく好きでやってるらしいので、俺は何も言わんけど。
人によって、なにが好きかは色々だからな。
「キャンキャン!」
すでに起きていたフェルの頭を撫でながら、入れてもらったコーヒーを楽しむ。
おおぉ……ちょっといつもと違う……
「コーヒーの美味しい入れ方も、リアナさんに教えてもらいました」
「おお、さすがリアナだな」
そうだった。コーヒーを入手した当時、彼女に入れてもらってたんだっけ。
うむ……うまい! 俺がいれたのとは全然違う。さすが王城専属メイドさんだ。
リアナはポーション屋敷のメイド業務を主にこなしてくれている。
炊事洗濯に掃除などだ。
ユリカやリタもメイド業はやっていたのだが、ユリカは経理、リタは修繕など別の仕事も抱えている。なので、今後はリアナがメインメイドとなりつつ、3人でカバーし合いながらやっていくらしい。
ちなみに俺の妹たちである王女3人だが。
第8王女のアイリアはラーナと接客メインの仕事をしている。
その容姿と相まって、少しばかり世間ズレした行動と、優雅な振る舞いのギャップが受けているらしい。ラーナと肩を並べる2大看板娘と呼ばれているそうだ。
第9王女のティナはリタと組んで、フロンドの修理屋さんを手伝っている。ティナは魔法が得意だ。魔力量ではラーナやアイリアまではいかないが、使用できる魔法の幅が広い。
とくに攻撃魔法と生活魔法は一級品である。
昔はよく王城の書庫に2人で籠ったものだ。
俺は主に素材の情報収集だが、ティナは魔導書を読み漁っていた。
俺自身は魔力ゼロで魔法が使えないのだが、庶民の生活魔法が面白くて読んでいたら、ティナも興味をもつようになった。
そして、第10王女のライムは……
「スゥスゥスゥ……」
俺の膝の上で寝息を立てていた。2階からずっと俺に引っ付いたままだ。
まだ5歳だからな。というわけではなく。
この子はほぼ寝ている。それには理由があるのだが、まあラーナたちにはおいおい話せばいいだろう。
たまに起きている時は、店でフェルと遊んでいる。
その姿が愛らしいので、フェルと並んで店のマスコットになりつつあった。
ま、各々が自分の場所を見つけて機嫌よくやっているようなので、俺が特にやいこれ言う必要はないだろう。
◇◇◇
その日のお昼休み。
ポーションをありったけ作っていた俺は、昼飯を食べてちょっとまったりしようかと廊下を歩いていると、リビングから声が聞こえてきた。
「ふぇえ……そうなんだリアナさんってやっぱり凄いよね」
ラーナたちか。
押しかけ組の王女3人と万能メイドリアナは、リビングにはいないようだ。
逆に、先住組が全員集合しているな。
女子の会話を邪魔する気はないので、俺はリビング裏のキッチンで淡々とコーヒーを入れる。
「リアナさんは、本場メイド中のメイドって感じだよね。洗濯お掃除はもちろんのこと、料理もすっごく上手なんだよ」
「ほぇ~ユリカちゃんが言うんなら、本当に凄いんだろなぁ」
「ティナさんも凄いです。リタの魔道具に色んな生活魔法を付与してくれるです!」
「へぇ~~ティナちゃんって普段はけっこうフワフワしてる感じだけど、魔法がいっぱい使えるんだぁ」
「ライムちゃんは、存在そのものがかわいいし」
「そうそう、寝顔も神的だしねぇ~~」
「ううぅ……このままじゃわたしのメイド枠は無くなるかも……」
「リタは、メイド枠とロリっ子枠も微妙になってるです」
「そんなこと言ったら私なんて、正ヒロイン枠と、おっぱい枠も危ういですよぉおお~~」
ははぁ、どうやらラーナたち先住組は、元王女たちとのキャラ枠かぶりに危機感を覚えているらしい。
そんなことは無いと思うがな。
ラーナたちには彼女たちの良さがあるし、アイリア達たちも同じくだ。
俺から言わせれば全然違う。
が、これは俺が首を突っ込むほどの事でもないし、もう少し一緒に過ごせば解消するだろう。
「え? みんなそんなことを感じてたのか?」
そこへ、今まで会話に参加していなかった声が聞こえてきた。
エトラシアか。
「そ、そうか……ワタシも誰かとかぶっているかもしれん……これはマズいぞ」
「「「エトラシア(お姉さま)さんキャラは、安泰です!」」」
3人の声が完全に一致した。
ついでに俺の意見も一致した。だって被りようがないんだもん。
「なぜか素直に喜べないんだが!?
全員から辱めをうけているような気がする!!」
さて、コーヒーでも入れるか。
極めて平和な日々に満足する俺であった。




