第46話 転生王子、またまた女神によばれる
―――ズザァアアアア!
この地を這うスライディングの音。
めっちゃ聞き覚えがある。
俺の視界に、綺麗な髪と後頭部がフェードインしてきた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃい!」
スライディングからの土下座。
「うわぁ……でた!」
「でたってなんですか! 女神ですよ! 見目麗しいピチピチの女神ですよ!」
「ああ……はい」
てことはここはまた……
「天界かよ……」
「はぃ! クレイさんの懐かしき故郷、天界ですよ!」
まったく懐かしくないし、故郷ちゃうし。
「とりあえず、これ」
俺はポーチから1本のポーションを出した。擦り傷治療ポーションだ。
前回と同じく顔面スライディングで登場したもんだから、女神の綺麗なお顔が赤い斜線まみれになっている。
「わぁ~~い。クレイさんのポーション~ゲットですよ~」
満面の笑みで、グイっとポーションを一気飲みした女神。
スライディングで傷ついた顔が、綺麗に戻っていく。
「わぁ~~ん。クレイさんごめんなさいぃいい! また魔力をつけ忘れてましたぁ~~」
笑顔から一転、大粒の涙を出して泣き出した。
喜怒哀楽が激しい女神だな。
それはもうマンガみたいな大量の涙である。
「で、俺を呼んだ理由はなんだ?」
「ギクッ……だから魔力をつけ忘れたから来てもらったんですぅう……う」
「本当か?」
「な、なんですか! 女神を疑うなんて、クレイさん変わりましたね! こんなにウソ泣き……じゃない号泣しているのにぃいい!」
勢いで誤魔化すかのように、一歩二歩と距離を詰めてくる女神。
また厄介ごとに巻き込むつもりだな。
だが……
「おい、その足どうしたんだ? なんか歩き方が不自然だぞ」
「さすがクレイさん、良く気付きましたね~~これです」
外見は絶世の美女である女神が、片足を可愛らしくあげて足裏を見せてきた。
んん~~これ……
「魚の目じゃないか」
「そうなんです。もう痛くて痛くて……何回芯とっても、すぐに出てくるんですぅううう! きぃいい!」
「女神なのに魚の目とかできるのか?」
「できますぅ! わたしデリケートなんです!」
「あんまり歩いてなさそうだけどな」
「まえに歩きました! 素材探しとか言って、神の森を散々歩き回りました!」
「そ……そうか。大変だな……」
どうやら前回のポーション作りで、女神の足裏はかなりのダメージを負ったようだ。
「ううぅ痛いですぅ……チラチラ。あのポーションないかなぁ……チラチラ」
女神が上目遣いでこちらにチラチラと視線を送ってくる。
あのポーションとは、魚の目に効く【ポーション(足裏角質軟化)《スキンステップ》】のことだろう。
「見てたのか?」
この女神、またストーカーのぞきしてたな。
「だって見ちゃうんだもん! わたしの唯一の趣味なんだもん!」
天界から俺の行動を四六時中見るのを趣味とは言わん。
とは言え……この不自然な歩き方は流石に可哀そうだ。
「しょうがないな」
「はっ! クレイさんのその顔! わぁ~~ん、また素材から探すとか言い出しそう~~!」
「その足でそんなことさせないよ」
「え?」
「ほら、これを飲んで」
「え? え?」
ジト目でこちらをみる女神.
「本当にいいのですか?」
「ああ、痛いだろ。俺も前世で苦しんだからな」
「本当に飲んじゃいますよ?」
「おお、てかはやく飲んでくれ」
どんだけ疑うんだ。
魚の前の辛さは俺も良く分かっている。
俺からポーションを受け取り、グイっと飲んだ女神。
「プハぁ~~やっぱり美味しいぃ! 良かったあ、クレイさんのことだから無理難題地獄に落とされるかと思ったぁ」
「無理難題……俺をなんだと思ってるんだ」
「え? ポーション狂いのイケメン君かな。でもそこも含めてファンですよ」
ファンならストーカー行為をやめてほしいんだが。
「それで効果はどうだ?」
「ふぁああ~~魚の目、無くなってます! 痛くないよ~やった~~ほらほら~」
ふむふむ、神の類にも効果ありと。
その場でぴょんぴょん跳ねる女神。良かったな。
「で、俺を呼んだ本当の理由はなんだ?」
「ギクっ……えっと……」
「いや、さすがに魚の目取るために天界に呼ぶとか、無茶苦茶がすぎるぞ」
「ううぅ……実は……」
女神は観念したように、一枚の書類を俺に見せてきた。
なになに、見習い女神定期試験だと。
うん、意味がわからん。
「試験ですぅ。一定の点数取らないと、女神から天使に降格なんですぅ」
「なんだそりゃ……」
え、女神って試験制なの? 点数取ってなるもんなの? ていうか神は存在した時から神なんじゃないの?
「わたし嫌です! じゃまくさい羽はやして、頭上におめでたい輪っかなんか浮かせて、あくせく天界と地上をいったりきたりなんて!」
「良く分からんが、とりあえず天使の皆さんに謝ろうな」
天使さんたち、大変な仕事をしてるんだと思うぞ。
「ええぇ……でもでもでも~~わたし女神なんですよぉ~~」
なんか駄々っ子みたいになってきた。
「試験で落ちなければいいんだろ」
「まあそうですけどぉ……」
「む……まさか頭の良くなるポーションくれとか、言うんじゃないだろうな」
「違いますよ! わたしやればできる子なんです。でも……」
急に今までの勢いがなくなる女神。
そのブルンと張っていた大きな胸が、シュンとしぼんでいくような。
「その……わたし本番に弱くてですね」
消え入りそうな声で呟き、さらに言葉を紡ぐ。
「あがっちゃうんです……」
なるほど、緊張しいか。
まあ度合いにもよりけりだが、人前や事の前であがってしまうことはあるものだ。神々にも、恥ずかしがり屋さんとかいるのかもしれない。
「そういう場合は、いちど目を閉じて深呼吸とかすると良いぞ」
「ダメなんです。わたし試験が始まるとエンピツも持てないぐらいに手が震えて、なんども答案用紙を破いてしまって。それで破けたまま試験終わっちゃうんです」
深呼吸うんぬんの話ではないようだ。
「しかし、今までよく試験に落ちなかったな」
「いえ、すでに99回連続不合格です」
「はい? ならなんで……」
99回って……天使どころか虫畜生レベルに降格なんじゃ……
「赤点(不合格)100回以上取ったら降格なんですぅ!」
それ試験する意味あるのか?
いや、神々だから俺のような人間とは感覚が違うのかな。
永久の時を生きる神たちにとっては、99回なんて少なくて厳しすぎる基準なのかもしれん。
「いずれにせよ、今回は絶対合格が必要というわけか」
「そうなんですぅ~~わたしどうしようどうしようって! お守りこんなに買ったんですよ~」
女神の懐から、合格祈願のお守りがどさっと出てきた。
おい、神が神だのみするなよ。
「でぇ~~ここからが本題なんですが~んふ♡」
急に猫なで声で俺にすり寄って来る女神。
なるほど、俺をずっとストーキングしていたなら知っているはずだ。
「【ポーション(女騎士鎮静)《エトラシアどうどう》】だな」
「それそれ~~そのリラックスポーションです」
エトラシアのポーションは、ポーション屋敷で売っている一般リラックスポーションよりも効果が強い。
女神の話を聞く限りでも、そのぐらいのものでないと十分な効果は見込めないだろう。
「あれがあれば! 本来わたしは出来る子なんです!」
そう言いながら、女神が俺の手に腕をからめてきた。
俺の腕にあたる立派な膨らみがもにゅっと変形する。
まあ、このポーションはあくまで補助剤だ。
試験不正ってわけでもないし。
「しゃーない。ちょっと待ってろ」
「ええ! なんの条件もなしにいいんですか!?」
「ああ、いいぞ。えっと……ここらへんに」
まあいいよ。試験自体は女神の力で勝負しなきゃいかんのだ。
今回のはちょっとしたサポート程度のものだからな。
ポーチの中をまさぐるのだが……んん?
「女神よ」
「わぁ~~い。1本でいいですよ~試験前に飲みますから」
「いや、違う」
「え? 違うって?」
「残念な報告がある」
「なんですか~ちょっとぐらい古くても大丈夫ですよ~」
「ない」
「またまた~クレイさんたら~ポーションジョークですか」
「いやマジでないぞ」
「うそ……ですよね?」
今日俺が風呂に入ってる時だ……エトラシアがどうしても飲みたいと言うから、ポーチから取っていいぞと言った気がする。
一本もない……エトラシアのやつ、全部飲みやがったな。
「でもでも、クレイさんなら素材から作れますよね」
「だからその素材もないんだ」
さすがの俺も、無からポーションを作るのは無理だ。
「ということで」
「やだぁ……」
「もう分かっていると思うが」
「やだやだぁ……足痛いんだもん」
「もう足は治っただろ? 痛くないていってたじゃないか」
あきらめろ。試験合格のためだろ。
「よし、素材探しからだな。行くぞ女神」
「うそうそうそぉ~~うわぁああああん~~またぁああああ!」
こうして俺たちは前回と同じく、女神とポーション作りの為に素材探しに出発するのであった。




