第41話 ラーナ視点、聖女のシャワー
クレイさんがまた頑張ってくれてる。
いつも素っ気ない返事が多い彼だが、ここ一番のピンチでは必ずといっていいほど助けてくれる人。
さっきエトラシアさんには、無理して冗談めいた言葉をかけたけど。
やっぱり無理だった。途中から不安がどんどん高まっていって。
危険な事に巻き込んでごめんなさいと、謝っていた。
怖い……
攫われるのが怖いというのもあるけど、私のいまの怖さの本性は違う。
クレイさんが心配……
クレイさんはとても強い。
でも黒服の人たちもすごく強い。
前も無理して戦ってくれた。
今回は黒服の人たちもなにか対策を立ててるようだし……だから。
クレイさんはもっと無理をする。
「ラーナ、大丈夫です?」
「ラーナさん……」
「キャンキャン!」
「リタちゃん。ユリカちゃん。フェルちゃん。うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「さあ、フェルは行くです。ラーナはあたしが守るですから」
「キュゥ……」
ハンマーを肩にかついで、フンスと力こぶを作ってみせるリタちゃん。
それに対してフェルちゃんは迷っているような素振りをみせる。
「フェルちゃん行ってきて。クレイさんの力になってね」
小さな頭を撫でながら、フェルちゃんのお尻をポンっと叩いた。
そう、私にできるのはフェルちゃんを快く送り出すことぐらい。
「キャウッ!」
尻尾を振りながら、黒服へテテっと走り出す子犬。
「キャンキャン!」
「……? なんだ、犬?」
「おい、そんな子犬に構うな! 隊長の作戦通りにやつにデバフ魔法をかけ続けるんだ!」
黒服のうち2人がフェルちゃんの登場に少し気を取られたようだが、すぐにクレイさんに視線を戻した。
でもその子は、ただの子犬じゃない。
「キュゥウウウウウ!」
フェルちゃんの体がブルブル震えだして、その体がどんどん膨れ上がっていく。
「なっ……! こ、これは!」
「おい、なにをよそ見している! 作戦をぞっこ……うおぉおおお!」
「―――グルゥウウウウ!!」
「な、なんだこいつはっ!!」
「なぜ急に魔物が!?」
黒服2人がいきなり現れたオオカミの魔物に、驚愕の声をだす。
ていうか……
「デカっ!」
「大きいです!」
「キャッ! ギャップありすぎですよ……」
忘れてた。元のサイズはこんな大きかったんだ。
小さいフェルちゃんに慣れちゃってた。
「た、隊長! 緊急事態! 魔物です!」
「―――なんだと! おまえたち2人はその魔物を速やかに排除しろ! 完了次第、作戦に戻れ!」
「「了解!」」
やった、これで2人はクレイさんの攻撃に加われない。
さすがフェルちゃん。
「クソ……どこからきたんだこの魔物」
「どうでもいい。さっさと片付けるぞ! うぉおおお!」
黒服の1人が勢いよく剣を構えてフェルちゃんに迫ったが、そこにはすでにフェルちゃんはいなかった。
「ぐっ……速い! ―――が、移動先ぐらいは予想がつく!」
「よし! ―――中級火炎魔法!」
もう1人の黒服が、合わせたようにフェルちゃんに魔法を放った。
「グルゥ―――フシュゥウウウウ!」
フェルちゃんに放たれた火球は、進行方向が大きくずれていく。
「ぐぬぅ、火球の軌道が逸らされた……風属性の魔法か!」
あ、そういえばクレイさんが言ってた。フェンリルは風魔法が得意って。
たぶん、風を使って魔法の方向を変えたんだ。
「凄いよ、フェルちゃん!」
「……フェルだと?」
「まさか、フェンリルか!?」
「しかし、伝説の魔獣がなぜこんなところに……」
「フロンドだからな、あり得るかもしれん。まだ成体ではないようだが」
黒服2人がすごく焦っている。
やっぱり子供でもフェンリルって凄いんだ。
「くそ、こんな時にやっかいな。おい、あれを使え!」
「ちっ、こっちも喰らうから嫌なんだがしょうがない……」
黒服が何かを懐から出して、フェルちゃんの方に投げた。
ボール? みたいなものは、フェルちゃんの真上でポンという軽い音をたてて弾ける。
え? それだけ?
爆発するとか。炎が出るとかじゃないの?
私の頭に?がついたが、フェルちゃんの様子が変わった。
「ギャギュウウウゥゥ!」
「フェルちゃん! どうしたの?」
「なんだかフェル、苦しそうです」
おかしい、急にその場でバタバタしはじめるフェルちゃん。
その原因は、フェルちゃんから少し遅れていた私達の鼻にも襲い掛かってきた。
ん……なにこの臭い……!?
「なにこれ……くっさいぃいい!」
「凄い臭いです!」
あのボールみたいなのが、この臭いをまき散らしたんだ。
「ギュンギュンウウウゥゥ!」
そっかフェルちゃんの嗅覚は、人の何十倍もあるから……
「やっぱ動物系魔物には効果てきめんだなぁあ! うおらぁあああ!」
「――――――中級岩弾丸魔法!」
「ギュアッ!」
苦しむフェルちゃんに、黒服たちが剣と魔法で猛攻をかけはじめた。
うまい具合に連携して、ひとつの場所にはとどまらず、攻撃しては移動を繰り返す2人。
黒服を良く見えたら、頭からすっぽりかぶっている頭巾を鼻まで上げている。マスク代わりにしているのだろう。
なんとかしないと!
ギュッとリタちゃんに作ってもらった聖杖に力が入る。
でも私じゃ戦闘力不足だし。そもそも前に出てしまうと、みんなの頑張りが無駄になっちゃう。
私にできることといえば、聖水を出すぐらい……。
聖水……!?
クレイさんが言ってた。浄化効果や癒しの効果があるんだよね、私の聖水って。
てことはこれをフェルちゃんに……ちょっとぐらいなら前に出ても……!!
「危ないですっ!」
黒服が乱発している中級岩弾丸魔法の破片がこちらに飛んできたのを、リタちゃんがメイスで叩き落としてくれた。
「なにやってるですラーナ。もっとうしろに下がるです!」
「ご、ごめんリタちゃん」
ダメだ、あんな激しい戦闘の中になんか入れない。
でも……
考えるのラーナ。クレイさんだったら絶対に何か考えて、ポーションを作る。
私だったら……
う~~~~ん。
――――――あっ!
思いついた。
上手くいくかなんて分からないけど。
私は全身全霊で、ギュッと体に力を入れる。
いつもなら、ジャ~っと聖水が出ているのだが、グッと堪える。
もう手のひらから漏れ出そう……でも、まだ!
もっと、もっと、もっと……まだまだまだ!
「ら、ラーナどうしたです? 顔色が悪いです?」
「リタちゃんちょっと前をあけて……」
「ダメです! あたしはラーナを守るです!」
「うん……わかってる。前には出ないよ……でもそこにいると当たっちゃうから」
「当たる? 良く分からないですがちょっとだけです」
「うん……ありがと。リタちゃん……」
もう限界……っ!
私は両手をフェルちゃんにむけて、溜まりに溜まったものを開放する。
「|聖なる――――――放水ぃい《セイントブルーシャワー》!!」
ブシャアアアア―――という音ともに、私の手のひらから聖水がフェルちゃんめがけて噴射された。
聖水がシャワー状に放出されて、フェルちゃんの体全体を洗い流す。
「キャワ~~~ン♪」
フェルちゃん、にこやかに鼻をブルブルさせている。
やった~~臭いの流れ落ちたぁ!
本来の動きを取り戻したフェルちゃんが、黒服2人に反撃を開始する。
「な、なんだ! これは……聖水か!?」
「ばかな! におい玉の効果が! ―――グハァ!!」
黒服の1人がフェルちゃんの体当たりで、うしろに吹っ飛ばされた。
なんとかできた! 私も役にたった!
「ふっふ~~そこの2人! 絶対クレイさんのところへはぁ~~いかせませんよぉ~~!」
「――――――ギュルアアアア!」




