第38話 転生王子、フェンリルにポーションをねだられる
え? マジでどういうこと?
俺の目の前で、子犬がキャンキャン鳴いている。
「ふっふ~~解説しましょう。クレイさん」
聖女ラーナがその大きな膨らみをブルンと震わせながら、自慢げに口を開いた。
「これは~~フェルちゃんの魔法です!」
「なに?」
「フェルちゃんはその内包するかわいい魔力で、小さくかわいくなったのです!」
うん、ちょっと良くわからない。
「うわっ、見てくださいお姉さま! ちっちゃい前足で顔かこうとしてコテンって……!」
「……っ! な、なんだこれは! きゃわいすぎるではないか!」
「小さな尻尾ピコピコ振ってるです!」
女子たちの興奮具合が半端ではない。
その様子を見て確信を得たかのように、ラーナがズイっとドヤ顔を近づけてきた。
「ふっふ~~どうですかクレイさん? このきゃわいさ。さすがに連れて帰りますよね」
「え? そうか?」
「ああ、フェルちゃんしまった! クレイさん、かわいいの感性置いてきた人だった~~」
「な、なんだと! クレイ殿! フェルを見てなんとも思わないのか! それは何かの病気ではないのか!」
「キャンキャン!」
失礼な。どう思うかは人それぞれだろ。
それに俺だってちょっとはかわいいと思ってるんだぞ。
「あ、クレイさん。フェルちゃんまたキノコ生えてます」
「――――――なんだとぉおお!!」
キノコって、レア素材のスキンマッシュルームじゃないか!!
「すげぇ……もしかしてフェルは定期的にキノコが生えるのか……」
俺はフェルに生えたキノコをプチっと取ってみた。
「ちっちぇけど、なんかかわいい」
「そこで発動するんですか! クレイさんのかわいい!?」
「やはり貴殿は変わっているな……」
何を言っているんだ? 君らは素材のかわいさがわからんのか?
「よし……まあなんだ。キノ……じゃないフェルもラーナに懐いているようだし連れていくか」
じぃ~~~
女子たちの目が一斉に俺の方に向いた。
疑惑と呆れが混ざったかのような瞳をする美少女たち。
「なんだその目は! 俺だってちゃんと世話はするぞ! 愛情もって毎朝キノコむしるんだ!」
「じゃ、フェルちゃんうちで飼っていいんですね?」
「そうだな。フェルもそれでいいんだよな?」
「キャン!」
「やた~~良かったねフェルちゃん!」
こうして俺たちの仲間にペットが加わった。
外見子犬の中身がフェンリルという、とんでもないペットだが。
◇◇◇
さらに歩くこと数時間。
「町まではあと半分ぐらいか」
俺がひとり呟くと、ラーナが俺の袖を引っ張ってきた。
「クレイさん、そろそろ」
ああ、ポーションか。
そういえば今朝は色々あって飲んでなかったな。
俺はラーナとリタ。そしてユリカにポーションを手渡した。
「く、クレイ殿。ワタシの分はないのか?」
「え? だってエトラシアは常に飲む必要はないだろ」
ラーナは失われる魔力量回復(頭痛回復も兼ねる)、リタは物質化、ユリカは重傷回復後の経過期間の為に飲んでいるんだ。
だがエトラシアに作ったのは、定期的に飲むポーションではない。
「【|ポーション(女騎士鎮静)《エトラシアどうどう》】は、なにか重要な局面が起こった時に飲めばいい」
「そ……そうか……」
俺の言葉にガックリと肩を落として答える女騎士。
今回の一件に対するポーション飲みまくりの報酬は、すでにしてもらったからな。
無理に飲む必要はないんだが、エトラシアが俺の袖を掴んで離さない。
「しょうがない。今回だけだぞ」
「おお! クレイ殿、恩に着る!」
ポーションを俺から受け取るなり、速攻で飲み干すエトラシア。顔が緩み切っている。
まあ美味そうに飲んでくれるのは、作り手としても嬉しいけどな。
「キャンキャン!」
今度はなんだ?
フェルが俺の周りをくるくる走り回って、正面に鎮座した。ちろっと舌を出してる。
「クレイさん、フェルちゃんもポーション欲しいみたいですよ」
おまえもかよ……
「フェルのポーションといっても、おできはもうないんだろ?」
「キャン!」
「てことは、【ポーション(静寂の吐息)《リラックスブレス》】が欲しいのか?」
「キャキャン!」
ポーションのフタを開けると、フェルは器用に瓶をくわえて飲み干した。
上機嫌になったのか、フェルはおれの足にその小さな体をスリスリ擦り付けてくる。
あれ? ちょっと待てよ。もしかして俺、フェルと会話してた?
「ふふ~~クレイさん、フェルちゃんと心通じ合えたようですね」
ラーナがニヤっと俺の方に視線を向けてきた。
そうか、俺も多少ではあるが会話できるようになったのか。
前世でもペットなんて飼ったことなかったが。なるほど、悪くはないな。
「フェル、キノコをたくさん生やすんだぞ」
「キャン?」
「レア素材のスキンマッシュルームだ。それ以外のも生やせるならどんどんやってくれ」
「キュ~~ン……」
「おお、快く了解ということだな。うむ、フェル語わかってきたぞ」
「全然違いますよ。クレイさん……」
ラーナが呆れ顔してしている。
どうやら違うらしい。フェル語ムズイな。
「クレイ殿、ワタシはかつての屋敷で大型犬を飼っていたんだ。だからフェルの気持ちがわかるぞ」
女騎士が、自信満々で胸を張る。
「―――さあフェル、食後の運動だ! とってこい!」
「キャンキャン!」
エトラシアが何かを投げた。
それをフェルが楽しそうに追いかける。
「犬は木の棒が大好きなんだ。懐かしいな、昔は良くこうやって遊んだからな」
へぇ~~これ実際に見るのは初めてだな。
前世だったら、こんな光景は見れなかったかも。
それはいいとして。
その木の棒は、おまえの手にあるんだが……
「あれ? 木の棒はまだここに……あああぁ! あれはワタシの剣じゃないか!」
剣をくわえる子犬を追いかける女騎士。
「わぁああ~返してくて~フェル!」
剣を木の棒のごとく投げられる腕力は凄いと言えるな。
「ふふ~エトラシアさんかわいい」
「もう、お姉さまったら」
「みんな仲良しです」
そうだな、こういう緩いのもいいな。魔の森に入ってから緊張感ある場面が続いたし。
のんびりしてるのが一番だしな。
これでようやくポーション屋敷に帰れる。
が、次の瞬間、緩くなった俺の気が一瞬にして張りつめた。
――――――!?
この気配……!! 5人か……
このまますんなり帰してはくれんようだ。
「クレイさん……この人たち」
「ああ、どうやらラーナを諦めきれないようだな」
俺たちを黒服に身を包んだやつらが取り囲んでいた。




