第21話 転生王子、店番をする
「クレイおにいちゃん、ラーナおねえちゃんきたよ~~」
「ぽーしょん」
「わぁ~ケイナちゃん、ライナちゃんいらっしゃ~い」
小さなお客を迎えて、微笑む聖女さま。ちなみにここは教会ではない。
ここは俺たちの屋敷である。
辺境の地フロンドに来て一か月が経った。屋敷の玄関広間を店舗に改装したのである。
広間が店舗というのはちょっと異質かもしれんけど、なかなかに気にいっている。毎回商店街にポーションを売りに行くのも面倒だったし。威厳がどうのとかこうるさい貴族連中もここにはいないしな。好きにやれる。
「リタは良い仕事をしたな」
「ハイです。でもまだまだやりたいことあるです!」
リタは定期的に【ポーション(新物質強化)《ネオマテリアルアップグレード》】を飲んでいる。
その結果実体がよりたしかなものになり、もはやゴーストとはわからないぐらいになった。
ご飯も普通に食べられるし、たまにハンマーで指を打った時には痛がっている。
「おはようございますですぞ、クレイ殿下!」
「「「「クレイの兄貴、ちわ~~す!」」」」
マットイさんにバッドたちか。
彼らはもはや常連客になりつつある。
マットイさんは、【ポーション(聴力回復)《クリアサウンド》】と瘴気のポーション。
バッドたちは【ポーション(瘴気浄化)《ダークミストクレンジング》】が目当てだ。
「「「「「ぷはぁ~~、うめぇ~~」」」」」
味も気に入ったようで、涎を垂らしながら来る客もいる。
他にも瘴気浄化のポーションや、通常回復ポーションを買いに来る客は増えてきた。
「いや~良かった良かった」
当面の金の心配はしなくて済むな。
これで俺はポーション作りに専念できるぜ。
俺がルンルンでリタに作ってもらったポーション研究部屋に行こうとすると、肩をグイっと掴まれる。
けっこう強めに。
「クレイさん、どこに行くんですか?」
「ああ、ポーション部屋だぞ」
「まわりを見てください」
「うむ、そこそこ流行っているな。けっこうけっこう」
聖女ラーナの可愛らしい小顔が少し膨れている。つまみ食いでもしたのか?
「けっこうじゃないです! 店番!」
「え? 店番?」
「そんなはじめて聞きましたみたいな顔してもダメです! 午前はクレイさんの担当なんですからね!」
「ええぇ!」
「ええぇ! はこっちのセリフです。昨日もなんだかんだ言ってサボりましたよね? 今日はダメですよ」
「いや、ポーション作ってたんだ」
「ポーションはここでも作れます。いま治療院はお客さんいないから私も手伝いますから。ね、頑張りましょうクレイさん」
「いや、ここじゃ人もそこそこいるし集中できんから……出来れば部屋に籠りたいんだが」
「大丈夫です、クレイさんならできます! さあ頑張って! フレ~フレ~脱ニート~」
誰がニートや。いやニートみたいなもんか……。
ちなみにラーナの言っている治療院とは、ラーナのサービスコーナーだ。
サービスといっても美少女がいかがわしいことをするのではなく、ラーナが回復魔法をかけてくれる。
ただし、ラーナは回復魔法がドヘタで、とても時間がかかる。
ぶっちゃけ俺のポーションで治るんだが。
これがじいさんばあさんに好評なのだ。たぶん話し相手が出来たと思っているんだろう。ラーナのことを孫と勘違いしているやつもいるぐらいだ。
あと、さっきからブルンブルンゆれてるデカいのも。じいさんたちの裏人気理由ではある。
まあいずれにせよ、なにかしらの需要を満たしているので良いだろう。
「にしてもラーナは勤勉だな」
「そうですか? 私ずっと教会にいたから、何かしてないと落ち着かないんです」
ああ、なんとなく想像がつく。
教会にいても落ち着いている人はたくさんいるだろう。だがラーナは動きまくってそうだ。
彼女は基本的に世話焼きだ。人と話すのも好きでよくしゃべる。孤児だったらしいから、人との繋がりを持っていたいのかもしれんな。
「クレイさんはマイペースですね。ずっとそんな感じなんですか?」
「そうだな。俺は好きな事しかやりたくないからな」
前世では死ぬほど働いた。
だからもう、仕事はほどほどでいいんだよ。
前世みたいに馬車馬のごとく働くのはやめたんだ。好きな時にポーション作って楽しむって決めたからな。
「フフ、クレイさんらしい回答ですね―――
―――はい、【|ポーション(瘴気浄化)《ダークミストクレンジング》】3本ですね♪」
綺麗な青い髪を揺らして、ニッコリ笑顔のラーナ。
俺と話していても、店の対応をしっかりやってくれる。
うむ、いい子や。
やはりラーナに任せてもいいのではないだろうか?
俺だと足を引っ張りかねない。美少女でいい雰囲気の店に仏頂面の男はいらんだろ。そうだ、俺は必要ないな。
スッと立ち上がろうとした俺の肩を掴んで、無言でふたたびカウンターに座らせるラーナ。
俺も必要らしい。
「ふぅ。やっぱり瘴気ポーションが大人気ですね」
「そうだな。今までつきまとっていた倦怠感が無くなるってのは、かなりの快感なんだろう」
「やっぱりクレイさんは凄いです。町のみんなを笑顔にできるポーションが作れるなんて」
ラーナがフフっと微笑んだ。
「役に立つポーションを作り出すのは、ポーション作りの醍醐味だからな」
俺がポーションにはまる理由のひとつだ。
ただし、これは根本的な解決にはなっていない。
このフロンドには、瘴気が常に発生している。
濃淡はあれど消えることはない。
つまりいくら症状を軽くしても根本的な解決にはならん。
俺のポーションが定期的に売れるのはいいんだけど。
そして、この瘴気のせいで旅の商人が寄り付かない。
フロンドが辺境という事もあるが、なにより瘴気うずまく町になど寄りたくないのは自明の理だ。
彼らは俺の持っていない素材を色々と持っているので、俺としては多少は町に寄って欲しいんだが。
マットイさんやバッドから聞いた話だが、瘴気はどうやら「魔の森」から流れてくるらしい。
「魔の森」とは町の北にあり、スタンピードが発生して以来、魔物の出現率が高く強力なやつもゴロゴロいるって話だ。
昔は薬草類を取りに行くやつがいたらしいが、今では行くやつはほとんどいないらしい。
魔の森かぁ~もしかしたらレア素材があるかもしれん。
ちょっと素材探しもやってみたいな。などと考えていたら、店のドアが勢いよく開いた。
「―――て、店主どのはおられるか!!」
俺が顔を上げるとそこには息を荒げた女性の騎士が立っていた。
女騎士? はじめて見る顔だな。
「ああ、一応俺が店主だが。ポーションなら棚にあるから勝手に見てくれ」
「い、いや。棚にある回復ポーションではなく別なものを頂きたい!」
「別なもの?」
「ああ、この店にエリクサーは置いてあるか?」
その女騎士は燃えるような赤い瞳を鋭くして俺に問いかけるのであった。




