第10話 「ラーナGo!」「なんですかぁGoって!」
「どうした? ラーナGo!」
「だからGoってなんですかぁ! 私かよわい乙女なんですよぉおお!」
「ラーナ、ここで聖女らしさを出しとかないと今後のキャラがブレるぞ。だから頑張れ!」
「キャラってなんのことですかぁ! クレイさん、意味わかんないですううう!」
いや、ここはどう考えても聖女が活躍する場面だろ。
こういったゴースト・アンデッド系の魔物に強いのは間違いなく神官だ。
ラーナはその神官の頂点でもある聖女なんだぞ。
「ちょっ! クレイさん、地味に背中押さないでくださいぃい!」
「大丈夫だ。いつもの聖水出して、びゃ~~ってかければいいんだって」
「なんですかぁ~その雑な指示ぃいいい!」
俺たちがそんなやり取りをしていると、黒いゴーストがこちらにズルズルと近づいてくる。
持ったハンマーをぶら~ぶら~っと揺らしながら。
〖殺れない、殺れない、殺れないぃいい! 死ね、死ね、死ねぇえええ!!〗
「ひぃいい、お、怒ってるぅうう~~こ、怖ひぃいいいい、ガクガクブルブル」
ヤバイなこの聖女、違う聖水を出し(漏らし)そうだ。
仕方がない、俺がやるか。
「ラーナ、マットイさん。うしろに下がってくれ」
俺は剣の柄に手をかけようとしたがその手を止める。物理攻撃は効かないんだよな。
う~~ん。ならなんかポーション作るか?
ゴーストがいよいよ接近してきて、その全容が見えてきた。
あれ?
「ええぇ、女の子?」
「ああ、そのようだなラーナ」
黒いモヤから姿を現したのは、メイド服を着た小柄な少女だった。
見た目12~3歳ぐらいか。少しばかり耳が尖っている。
〖やれないですぅ……やれないですぅ……〗
そのゴーストはしきりに浴槽をさわろうとしている。
「もしかして、君はこのお風呂になにかしたいのか?」
ゴーストは俺の問いかけには答えず、急に俯いて肩を震わせはじめた。
「どうした?そうなのか?」
〖しくしくしく……〗
あれ?
「ああぁ~~クレイさん泣かした~~~!!」
「クレイ殿下、王子として男としてそれはダメですぞ!!」
いや、なんでお前たちが俺を責める。
さっきまでガクブルしてたじゃねぇか。
〖やれないですぅ……やれないですぅ……しくしくしく……〗
「やれない」「です」って言ってたのか。つまり殺すの「やる」ではなく、死ねの「デス」でもない。たぶん何かをやりたいって意味だと思うんだが。
よく見れば、手に持っているのはハンマーだけではなくノミや砥石、ヤスリらしきものも持っている。
「もしかして、お風呂の修繕をしたいのか?」
ピクっと少女の肩が動いて、ス~~と俺に視線を向けた。
〖……はいです〗
ゴーズトがコクリと頷く。
〖あたし、リタって言うです〗
ゴーストが俺に語り始めた。
どうやらリタはこの屋敷の領主に雇われたメイドのようだ。
こんな小さな子がと思うが、尖った耳からわかるようにこの子はドワーフだ。
〖見ての通りあたしはドワーフです。メイドのお仕事といろいろ作るお仕事、両方やってたです〗
ドワーフは建築や魔道具の製造が得意な種族だ。幼少の頃より修行に出る者も少なくない。
俺がいた王城にも、王族お抱えのドワーフたちがいたからな。
とはいえ、リタのように若い娘だと職人として雇われるのは難しいのだろう。
メイドの仕事と兼任しながら、食い扶持を確保しつつ自身の技術を磨いていたんだろうな。
〖このお屋敷にいた時に魔物がいっぱい町に入ってきたです……〗
数年前にフロンドを襲った魔物大量発生か。
「リタはなぜ領主たちと逃げなかったんだ?」
〖朝起きたら領主さまはいなかったです。メイドのみんなはいたですけど〗
いなかっただと……。
あくまで推測だが、おそらく領主はいち早く魔物大量発生の情報を手に入れていたんだろう。だが領民が知ればパニックになり自分たちの脱出も困難になるリスクがある。
だから一部の者だけで逃げたんだろうな。
エグイ事しやがる。
いくら辺境の廃れた町とはいえ、領主なんだぞ。
胸糞悪いのだが、こう言う奴らは貴族連中では普通にいる。領民をゴミクソ扱いするやつらだ。
もちろん領民に舐められたらやっていけないので、上下関係をわからせるというのはわかる。が、必要以上にクズ行為に走るやつが一定数いる。
「なら、この屋敷に留まる理由はないんじゃないのか?」
そう、ここはリタにとって嫌な思い出しかない場所だ。
〖そんなことないです。ここのお風呂はリタが設計して作ったです。それに他の設備も……〗
そういって、手を動かすも。スカスカとリタの手は浴槽をすり抜ける
〖魔物がやってきて、ぐちゃぐちゃになっちゃったです……だから元に戻したいです〗
それでハンマー片手に屋敷を彷徨っているのか。
「うわぁあ~~ん! リタちゃんが可哀そうですぅうう~~」
ラーナがリタを抱きしめようと飛びつくが、すり抜けてそのまま浴槽にビタンと落ちた。
「いてて、リタちゃん抱きしめられないよぉお~~」
「なんと……屋敷の悪霊はドワーフの娘だったのですな」
〖あたし悪霊なんかじゃないです!――――――大工なの!〗
なるほど……
「リタ、この風呂を修理したいか?」
〖したい! したいよ! だってあたしが一生懸命作った最高のお風呂なんだもん! です!〗
「そうか、おまえが最高の仕事をした風呂か。俺も入ってみたくなってきたな」
〖で、でもあたしはゴーストです……だから、ほらです〗
スカスカと浴槽をすり抜けてみせるリタ。
〖だめです。ずっとこのままです……〗
「ウジウジすんなよ。実は俺もな、死ぬほど好きなことをひとつ持っているんだよ。
――――――最後にその願いを叶えてやる」
「ああ~~クレイさんもしかして!」
「おお~~クレイ殿もしや!」
たく……お前たちはなぜ息が合うんだ。
〖リタの願いを叶える? です?〗
その通りだ。この子の願いを叶えてやるアイテム―――
こんなお題に、燃えないわけがないよなぁ。
さあ、ポーション作りの時間だ!




