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第4話:鍛冶師、後悔する。

「ライも、あんなに成長したか……」


 誰も居なくなった部屋の中。

 私は葉巻を吸いながら、先ほどの出来事を思い返していた。


『――それは、駄目だと思います』

『俺のことを思って、その話をしてくれているのは分かります。……でも、俺は自分の力で生きていきたいんです』


 私の自慢の(おとうと)弟子(でし)――ライ・アルト。


 アイツと初めて出会ったのは、確か10年前だったか。

 新しい武器を作ってもらうため、無名の鍛冶師――ライの祖父、ヴイユ・アルトに会いに行ったのがきっかけだった。


 ヴイユの鍛冶技術に惚れ込み、その場で弟子入りを決めた私。

 その際に紹介されたのが、当時8歳だった彼の孫――ライだった。


「知らない間に、あんなに立派になっているとはな。……時の流れというのは、本当に恐ろしい」


 未だに彼を子供だと思っていた自分に、私は恥ずかしくなって苦笑する。

 ライは今年で18歳。

 彼はもう世に出しても恥ずかしくない、立派な社会人になっている。


 ……いや、それだけではない。

 彼は店を出して2年目にして、このエンヴィアの街の鍛冶師としては二番手として知られる若き名匠。

 その才能はこの街の中だけでなく、今や国中に広がりを見せている。


「……だが、それも知らないんだろうな」


 ライは、自分の評価に興味がなさすぎる。

 鍛冶師の聖地として知られるこのエンヴィアの街で、たった2年しか活動していないにも関わらず、二番手という評価を受けるということ。


 それが、どれだけ異常なことなのかを。

 自分が、どれだけイレギュラーな存在なのかを。 

 恐らく彼は、知らないのだ。


 ……まぁ、今はそれが良い方向に作用しているので、私から言うことは無いのだが。


「それにしても……本当に、突拍子もないことを言うヤツだ」


 私は、彼が帰り際に放った言葉を思い出しながら(つぶや)く。


『俺は自分の力でボスを倒して、ボスドロップを手に入れます』


「冒険者としての経験もないくせに……」


 言いながら、私はなぜか笑ってしまう。

 本来なら、怒ってもいい場面。

 というより、普通なら怒り狂っても不思議ではない場面だ。

 そこで愉快さが込み上げてくるのは、彼がただ一人の(おとうと)(ぶん)だからだろうか。

 それとも、彼を信じているからだろうか。


 ……いや、違う。


「――あの時の私とそっくりだから、だな」


 10年前の私と似ているから、つい笑ってしまったのだ。


「……だが、ここで死なれるのは困る」


 私は、先ほどの彼の顔を思い出す。

 アイツの目には、確かな覚悟があった。

 私が行くなと止めたとしても、きっと彼には聞いてもらえないだろう。


 しかし、彼は冒険者としての経験も知識もない一般人。

 今のままではボスどころか、尖塔(ピナクル)への挑戦ですら自殺行為だ。


「覚悟に泥を塗るようで悪いが、私が少し手を入れないとな……」


 ライの鍛冶師としての才能は、まさに唯一無二のもの。

 彼は必ず、今後の鍛冶業界を担っていく存在になる。

 それをここで失うのは、世界にとっての損失だ。

 ここで失う訳にはいかない。


 ……それに。


「アイツと、約束したからな」


 私は、昔の友人を思い出す。


 ――そう、私は約束したのだ。

 彼女の家族は、必ず守ると。


 ○ ○ ○ ○ ○


「俺は、どうしてあんなことを……!!」


 カーヴェさんに啖呵(たんか)を切ってから、しばらくして。

 俺は店の工房の地面にうずくまり、激しく後悔をしていた。


「冒険者としての経験すらないのに、ボス討伐? 無理無理、絶ッ対に無理!!」


 よく考えたら――というか、よく考えなくても分かることだろう。

 冒険者としての経験も知識もない一般人が、ボス討伐なんて無理なことくらい。

 なのに――。


「深夜テンションに、流された……!!」


 そう。

 俺は昨日、寝不足だったのだ。


 理由は単純。

 昨日、夜が明けるまでボスドロップでの商売について考えていたせいだ。

 そのおかげで今日の睡眠時間は、さっきまでの仮眠も含めてたったの2時間。

 そりゃ思考回路も鈍るわけだ。


「仮眠からようやく起きたと思ったら……師匠、急にどうしたんですか?」


 売り場から顔を見せ、心配そうに言ってくるのはアリアだ。

 

「ああ、いや。別に気にしなくていい。ただちょっと……色々あって」

「ボスドロップの件ですか?」

「そうそう。カーヴェさんから、ボスドロップの仕入れは無理だって言われてさ。それで……いや待て」


 俺はぎょっとしてアリアの顔を見る。


「どうしてそれを……」

「だって、組合の支部から帰ってきたときに、師匠言ってたじゃないですか。『俺は、ボスドロップを自分で取りに行くぞー!!』って」

「……」

「なんだか、すごく楽しそうでしたよ?」


 その後も話をよく聞くと、どうやら気分が高揚していた俺は支部から帰ってくるなり、アリアに事の顛末(てんまつ)を機嫌よく話していたそうだ。


 ……終わった。

 もう駄目(だめ)だ。俺は彼女の師匠としてやっていける自信がない。


「あれを聞いて、私思ったんです。師匠ってやっぱり――」


 やめてくれ、聞きたくない!!

 これで弟子に「馬鹿なんですね」とか「痛いですね」とか、「私の師匠には相応しくないです」とか言われたら、俺のメンタルが持たない!!


 ああ、やめてくれ――……


「――冒険者としてもすごい人だったんですね!!」


 満面の笑みで言うアリア。


 ……まぁ、とりあえず失望されてなくてよかった。

 だが。


「なんか変な勘違いをしてるようだけど、俺は冒険者の経験すらない一般人だぞ?」

「え、そうなんですか?」


 彼女は不思議そうに言う。


「だって師匠の剣の使い方、明らかに素人じゃないですよね?」

「俺、アリアの前で剣なんか使ったことあるか?」

「はい。工房でよく、自分の作った剣の試し切りしてるじゃないですか」


 ああ、それで。


「それはな、剣の正しい切れ味を把握するためにある程度は使い方を知らなきゃいけないから覚えたってだけで、別に冒険者として活動してたことがあるってわけじゃないんだよ」

「そうだったんですか。……てっきり、師匠は名のある冒険者なのかと」

「そんなわけないだろ」


 そんな実力が俺にあるなら、今こんなに後悔してないよ。


「ていうか、カーヴェさん絶対に怒ってるよなぁ……」


 話の本題――というか問題を思い出し、俺は再び頭を抱える。


 今日の何よりの失敗は、カーヴェさんの前で「ボスを倒す」と言い切ってしまったことだろう。

 彼女は冒険者の代表格――冒険者としての困難や苦悩を、他の誰よりも知っている人だ。

 その人の前で「倒す」と宣言することはつまり、世界中の冒険者に「お前らよりも俺の方が強い」と言っているのと同義。


 つまり、俺はカーヴェさんから見れば、伝説の冒険者を相手に(おお)見得(みえ)を切った、生意気な青年になっているのである。


「これでやらなかったら、絶対に殺される……!!」


 よって、俺に残された道は2つ。

 (いさぎよ)くボスに挑み、死ぬか。

 ボスへの挑戦から逃げ続けて、カーヴェさんに殺されるかのどちらかである。


「……なんていうか、そんなに深刻に考えなくてもいいんじゃないんですか?」


 俺の様子を見て心配したのか、アリアが励ましの言葉をかけてくる。


「そもそも師匠はいつまでにやるとか、期限まで決めてカーヴェさんに宣言してきたわけじゃないんですよね?」

「それはまあ、そうだが……」

「なら、ゆっくり実力をつけていけばいいじゃないですか。それにやらなきゃ殺すなんて、そこまで厳しい人じゃないですよ。カーヴェさんは」

「そうかなぁ……?」

「そうですよ!」


 それに、とアリアは付け加えて。


「今は店の営業中ですよ? 師匠はここの店長なんですから、しっかり働いてもらわないと困ります!」

「……確かに、そうだな。その通りだ」


 俺は気を取り直し、立ち上がる。


 そうだ、今は営業時間中だ。

 その上今日は、普段は取らない仮眠まで取ったのだ。

 その分の遅れを、今からでも取り返さなくては。


「よし。……やるか!」


 俺は鍛冶場の前に立つと、壁に掛けてある大槌(おおづち)を手に取った。

 箱に積まれた鉱石を手に取り、目利きした後、火にくべる。

 工房に熱気が充満する。


 ……今月はまだ、納得のできる剣を作れていない。

 防具作りが苦手という、致命的な弱点も克服できていない。

 俺は鍛冶師としてはまだ新人。

 店を続けるための方法に頭を(なや)ませて、鍛冶師としての鍛錬(たんれん)(おこた)るのは本末転倒だ。


 そう、明日のことは明日考えればいい。

 きっと明日の自分なら、最適解を見つけてくれるはずだ――。



 ……そうして。

 その日の俺は普段通りに仕事を終え、そのまま眠りについたのだった。


 ――明日からの激動の日々を、夢にさえ見ないまま。

最後まで読んでいただき誠にありがとうございます!

次回からは、本格的にダンジョンへ行く回となります!


少しでも作品を「面白い!」と思っていただけたら、下の☆マークをポチッとしてくださると幸いです! 

今後の活動の励みになるので、どうぞよろしくお願いいたします!

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