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第3話:鍛冶師、決意する。

「……それで、ここに来たって?」


 ソファに足組みして座った女性が、呆れながら聞いてきた。

 対面に腰かけている俺は、臆せずに言葉を返す。


「はい。ボスドロップの加工品を売れば、絶対に店を続けられると――」

「――それができたら、ウチもやってるよ」

「まぁ、そうですよね……」


 予想通りの反応に、俺はガックリと(うな)()れるのだった。


 俺が居るのは、エンヴィアの街の中心部にそびえ立つ巨大な建物――冒険者組合エンヴィア支部の、その一室。

 日の光を大胆に取り入れる大きな窓に、シンプルだが美しい色合いのカーテン。木目の壁と調和がとれるように配色されたこの部屋は、一目見ただけでも高価だと分かる家具を多数使っているのにもかかわらず、気品のある雰囲気を保っている。


 ……そして、そんな部屋には明らかに場違いな服装の男女が2人。

 男性の方はもちろん俺。

 そして、半袖のルームウェアにハーフパンツというラフな服装をしている巨乳の女性の方は、冒険者組合エンヴィア支部の支部長――カーヴェ・エウルグストさんだ。


 180cmはあろうかという身長。スラっと伸びる長い脚。

 鍛え抜かれた肉体と、小麦色に焼けた肌。

 恐ろしいまでの機能美を感じさせる外見の彼女は、見た目に違わず、国内でも屈指の冒険者である。


 ……いや、正確には()()()と言うのが正しいだろう。

 尖塔(ピナクル)のボスのソロ討伐を10回という、歴史上でも数人しか達成していない偉業を成し遂げた偉人。

 足の怪我により若くして冒険者稼業を引退したのち、(よわい)23歳にしてエンヴィア支部支部長に抜擢された傑物。

 それが彼女――【烈火】と呼ばれた伝説の冒険者、カーヴェ・エウルグストである。


 当然、そんなすごい人と俺が話をできているのには理由がある。

 カーヴェさんはここエンヴィアに生まれ育っただけあって、鍛冶師としての腕も一級品。

 剣を打たせれば右に出る者は居ない名工として知られている。


 ……が、その師匠はあまり有名ではない。

 彼女の師匠は、ここエンヴィアから少し離れた田舎町に住むしがない鍛冶師。

 その名を、ヴイユ・アルトという。


 ――そう。カーヴェさんは、鍛冶師としては俺の(あね)弟子(でし)に当たる人なのだ。 


「しかし、(おとうと)弟子(でし)が久々に来て何事かと思えば、まさか店が廃業寸前だとはな」

「すみません……」

「いや、別に構わないさ。最近の鍛冶師の困窮具合は、私もよく知っているからな。……だが」


 言うと、彼女は溜め息まじりに。


「まさか、お前の店までそうなるとは。……技術の進歩に()(せい)はつきものだというが、どうにも今回のは残酷すぎる」


 見たこともないほど弱った様子で言うカーヴェさん。


 ……やはり、【不壊属性(アンブレイカブル)】のもたらした影響は大きいようだ。

 彼女はこの街の顔役なだけあって、頼られることも多かったはずだ。

 支部長という責任ある自身の立場もあり、苦労してきたのだろう。


「私も、支部長としては今年で5年目。めでたい節目の年なのに、街じゃ廃業する鍛冶屋が増える一方。その上、(おとうと)弟子(でし)にまで店を畳まれると、私の面子(メンツ)が丸つぶれだ」


 言いながら、彼女は目の前にある木製のローテーブルにドカッと足を載せる。

 

「だからお前には、できる限りの支援をしてやりたいと思っている。資金援助ならいくらでもするつもりだ。もちろん支部長としてではなく、カーヴェ・エウルグスト個人としての支援になるがな。しかし――」


 そこまで言ってカーヴェさんは、困ったような顔で俺を見ながら。


「――ボスドロップ売買の斡旋(あっせん)は、私じゃ無理だな」


 この話の本題――ボスドロップの件について、彼女は申し訳なさそうに言った。


 そう。

 俺がここに来たのは、彼女に資金援助をしてもらうためではない。


 昨夜、ボスドロップ製の武具を使った商売について考え初めてすぐ、俺は1つの壁に当たった。

 それは、肝心のボスドロップはどうやって手に入れるのか、ということだ。


 俺は冒険者としての技術も知識もない一般人だ。

 個人でのボスの討伐は、はっきり言って不可能に近い。

 そのため、結局は市場から仕入れるのが一番良いだろう、という結論に至ったのだが……。


「そもそもボスドロップは、市場への出品数が少なすぎるからな。年に10個ほど市場に出れば、まだ良い方だと言われているくらいだ」

「そんなに……ですか?」

「ああ。しかも、その売値は青天井。運良く買う機会に(めぐ)まれたとしても、そもそも莫大な資金力がなければ買えない。ボスドロップってのは、そういうもんなんだよ」


 まっすぐこちらを見ながら言うカーヴェさん。

 俺は何も言えず押し黙る。


「……ボスへの挑戦っていうのは、恐ろしいことだからな」


 そんな俺の様子を見かねてか、カーヴェさんが静かに語りだす。


尖塔(ピナクル)の制圧を数日で行えるギルドでも、一人で大型の魔獣を狩れる豪傑でも、ボスへの挑戦なんてマネはしない。普通のモンスターなんかとは、それくらい格が違うんだ。世界にその名を轟かすような天才が、何もできず一方的に殺されることもある。ボスってのはそういう生き物だ。……仲間内でも、好んでボスに挑むような奴は私だけだった」

「……」

「冒険者にだって、生活がある。これからも生きていきたい奴は、ボスになんて挑まない。だから流通量が少ないのは当然だし、これからも増えることはないだろうな」

「……」

「すまないな。こればっかりは私でも、どうしようもない」


 彼女は申し訳なさそうに言う。

 ……と、今度は表情を切り替えて。 


「これはまだ秘密の話なんだが……」


 そう前置きして語りだす。


「組合本部も鍛冶屋の減少には危機感を覚えているようでな。今度の対応を考えるために、エンヴィアで実験的に鍛冶師の支援を始めるそうだ」

「……というと?」

「金銭援助だよ。鍛冶屋で働いている人間は、申請すれば補助金が出るようになるそうだ。もちろん、私もお前に個人的な支援をする。それならお前も店を――」



「――それは、駄目(だめ)だと思います」



 俺はつい、そんなことを言ってしまった。


「……どういう意味だ?」


 俺の言葉に気分を害したのか、鋭い目線でこちらを見てくるカーヴェさん。

 なぜそんなことを言ってしまったのかと、俺は少し後悔しながらも続ける。


「俺のことを思って、その話をしてくれているのは分かります。……でも、俺は自分の力で生きていきたいんです」


 それは、紛れもない本心だった。


「ようやく、自分の店を持つことができて。しかも、初めての弟子までできて。……それなのに、店を続けるための行動が全部人任せっていうのは……なんというか、駄目だと思うんです。だってそれじゃあ、祖父に師事(しじ)してた頃と何も変わらないじゃないですか」

「……」


 変わらず真剣さを帯びた目の姉弟子に向かって、俺は間髪入れずに話を続ける。


「そんな提案は受け入れられません。甘えていると思うから。だから――」


 と、一気に最後まで言ってしまう前に、俺は少し反省する。


 カーヴェさんの目の前で、こんなことを言う俺は馬鹿だ。

 普通に資金援助を受けていれば、楽に店を続けられた。

 これで失敗すれば俺は、アリアにも迷惑を掛ける。


 ……でも、やっぱり諦めきれないんだ。

 あの、突拍子もないアイデアを、俺は諦めきれないんだ。


「俺は自分の力でボスを倒して、ボスドロップを手に入れます」

「お、お前は何を言って――……」



「――俺は、ボスドロップで生きていきます!」



 ……そうして。

 冒険者としての技術を何も知らない、ただの鍛冶師である俺は。

 今日から、冒険者としての活動を始めることになったのである。

最後まで読んでいただき誠にありがとうございます!


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