金太郎の赤いアロハをかけ着に選んだ
同僚が買ってくる土産のお菓子をこっそり分けてあげたり、トイレ掃除をしている時に「ごくろうさまです」と声を掛けていただけで、血を分けた姉弟にしか分からない秘密話をしていた姉が「あきこ」という名前を持ち出し、最後は身内の店主を恫喝した結果、三十五万円の古着を五千円で手に入れた女は八か月後の五月、産休に入り七月になって3200gの娘を無事出産した。母子ともに健康だ。
夜泣きをせず親思いの娘を初宮参りに連れて行くとき、二人は「金太郎の赤いアロハ」をかけ着に選んだ。もちろん一択だった。
当日の朝、上手くいかなかった二度の不妊治療費よりもよほど無駄な出費としか思わなかった、五千円の古着に娘を包むと夫は初めて泣いた。この日が来たことが単にうれしかったからではない。どうしたの? と戸惑う妻へ上手く説明できなかったけれど、人が持っている不思議に対して心が震えるほど感謝したからだった・・・・・・。
同行する妻の両親は迎えに来て玄関を開けるなり「着替えさせろ」と言ったが、妻は意に反さなかった。「夏だし、アロハは涼しくてちょうどいいのよ」
古着屋の店主及び政財界の人物だけを対象にした、歴史ある30枚の使用済みブリーフのレンタルを生業とする姉(連れてきた女には最後まで自分の正体は明かさなかったのだが)曰く、人の基本的な波長(みたいなモノーそれをkeyと呼ぶー)は七種類ある。初めて会う相手なのに、絶対合わないと感じるのは互いのkeyの相性が極端に悪い場合だ。また服には持ち主の「気」あるいは「気質」が宿る。それは持ち主の 「記憶」を記念的に残すだけの鉱物や貴金属とは違い、実は積極的に人へ関与する。
姉に三十四万五千円ほど値切らされた弟の店主は、三人で出前の蕎麦を食べながらドレミで解説した。支払いを持った店主は天ざるで女性陣は共に温かい天ぷら蕎麦だった。
「たとえばCの循環コードで構成される曲のメロディーはCのスケールです。ですから曲のkeyはCです。メジャー、マイナーはありますが、どちらも根本的な音トニックはC。いずれにしろCにはCが必須で、だからこそ成立します。あるいは作用する。つまり元々はCの人のものだったTシャツをC以外の人が古着として着てもただの古着でしかない。逆のことを言えば悪い影響もない。何の効果もないんです。
それを鑑みると、たとえばダイエットが続かないCの人に、夢や恋やらを諦められないC以外の人の服をあてがっても効果はありません。あくまでCはC、BはBじゃなければならないんです。真面目過ぎて疲れてしまう人が買いに来たら、その人と同じkeyであり尚かつ不真面目な人の服だった古着を勧めます。嫌なことを忘れられない人には、無責任な人の服、暴力的な人には気弱な人の服だった古着を勧めます。それらは逆のパターンの時も同じです。
服は店頭で買い取ることもしますし、一族がしている業者から選定することもあります。私は服そのものから人間の気とkeyを読み取れるのです。ちょっとした血筋と秘密のコツがあるんですよ。ハハハ」
・・・・・・ところで、妻とアロハの持ち主は一般的ではない(「♭」と「#」の二種類がある)「♭」のkeyだった。高額の宝くじを当てた「♭」の男は、これ以上の幸運があると逆に怖いから、と考えて売りに来ていたのだった。