key
予め連絡を受けていた三つ違いの弟は、姉が時間通りに連れてきた、初めて見る女に確信めいた頷きをした。店の中は驚くほど寒く埃っぽかった。古すぎて調節がバカになり、長いこと掃除もしていないクーラーが、しかしパワフルに効いているのだ。
「凄くいい服があります。あなたを待っていた、と言っても過言ではないくらいです」中背やせ型の男は、汚く伸ばした白い髪を黒いゴムで後ろに束ねていた。灰色のスラックスと白いシャツを着ていて、足元は厚手の赤い靴下と黒いサンダルだった。皺の走る首に硬そうな喉ぼとけが尖っていた。夏に厚手の靴下でサンダルを履く人物は珍しい、と客の女は笑いそうになった。
「私の紹介なんだから、下手なモンを売りつけないでおくれよ」黄色いポロシャツに紺色のスカートを履いた姉の足下は、仕事時と同じピンク色のスニーカーだ。「でも、あんた寒すぎないかい?」姉が言った。
「あんたの紹介じゃなくても俺は正直なモノしか売らないよ」弟は客の女を見て苦笑いした。「寒いなら少し開けときなよ」どうやら弟は、少なくとも寒すぎるとは感じていないようで、正面のガラス扉を少し開けとけ、と言った。
「どうだか」姉は扉を10cmほど空けてからラックに掛かる大量のTシャツを無造作にいじった。
「見立てていただけるのですね?」白いブラウスとジーパンにテバを履いた女は一応そう言ったのだったが、ラックに掛かるTシャツの値段に目を疑う。この手の人がいる限り電力がいくらあっても足りないわけだ、と思うほどの寒さを忘れるくらいに。
多分どれも普通か、普通以下のTシャツでしかないのだろうけれど、タグは「20000円」となっている。昔懐かしいキャラクターがプリントされる色褪せたビンテージTシャツではない。むしろ今期のユニクロコラボTシャツだってある。五月に色違いを夫が買っていたのだ。と言うかバンドTシャツも同じ値段だった。バンドのことはよく分からないけれど、古いツアーTシャツであれば、ボリ値として適正なのかもしれないのだが。
「見立てるも何も、あれが呼び掛けてますよ。聞こえませんか?」店主は店の奥の壁に向かって耳を傾けるしぐさをし、調子よさげに笑った。宿題を放棄し、悩みのない夏休みの子供のようだった。
その態度と言い方に、姉は身内の店主を睨み付けた。客の女は店主の態度よりもラックに掛かるTシャツの値段に苦笑いするしかなかった。
「姉が言う通り、どうやらあなたのkeyは一般的ではないようですし、このアロハの元の持ち主もそうでした。しかしも高額な宝くじを当てたことがあるそうなんですよ」店主は細長い棒を使って、店の奥の壁に掛けた赤い派手なアロハシャツを取り、ハンガーを抜いて客に渡した。
「この子には派手過ぎないかい?」姉は言った。「サイズだって大きいだろ?」
「そういう問題じゃないことぐらい分かってるだろ?」店主は唇を閉じて突き出し、両肩を持ち上げた。
「でも、なんだか・・・・・・」姉はどこかすまなさそうに女を見た。
「鏡を持ってきますから、とにかく当ててみてください」弟はそこらに立てかけた姿見を持ってきて微笑んだ。
「お客さんと、前のオーナーさんは間違いなく同じkeyです。一般的ではないkeyがです。なんせとても稀なのでなかなか合致しないもんなんです。さぁ、これを着て宝くじを当ててください」
「・・・・・・」確かに宝くじではあるのだろうけれど。
女はサイズの合わないアロハを不安げに胸に当てる自分の姿を、いや下っ腹を見やった。そしてタグの値段には笑わないようにした。冗談じゃない、払えませんよ、私には・・・・・・。