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古着屋  作者: ハクノチチ
2/5

幼い頃より吹くことがあるそれと同じ「風」が吹いた

 某文房具会社の経理で働く彼女が、人生に関与することなどなかっただろう類の派手な服、金太郎のアロハシャツを買ってきたのは、勤め先の給湯室で職場の愚痴を聞いてもらう「パート掃除員のおばさん」に初めて個人的な悩みを打ち明けたことによった。三度目の治療が近づいていた不安を誰かへ口にしたかったのかもしれない。

「・・・・・・いい古着屋を知ってるから紹介してあげる」白い頭に黄色いバンダナを巻いて薄紫色の半袖の制服を着ている小柄な六十代の女は、正体へ直結する隠し事を決して悟らせない普段とはまるで違う、露骨なほど光る強い目で、好意を抱く顔見知りの女社員の目の奥を見た。自分に接する態度もそうだったが、特別きれいでもないのに化粧が薄いところも気に入っていた。

「古着屋ですか?」文脈を破壊する名詞に、射るように凝視された目も、歯並びだけは褒めてもらったこともある口も閉じることが出来なかった。

「弟がやってるの。だからちゃんとしたモノを選ばせるわ。絶対にボラさせやしないから安心して」小柄な老婆は、何世代も前の型落ちしたスマホを腰のポーチから取り出すと、弟がやっているという古着屋の外観を女に見せた。

「・・・・・・」不妊治療に向けて安心する要素は何もないトンチンカンな会話だったが、彼女は腹を立てはしなかった。何かに、何でもいいから縋りたい故ではない。近所の児童公園を避けて通るようになってからは影をひそめてしまうこともあるが、彼女は本来ユーモアを持っている人間だからだ。そして勘を信じる質でもあった。

 パートタイムでオフィスビルを掃除しながら、どこか世を忍ぶ姿に隠し持っていたような、そんな矢を目の中に放ったこの「何者か」が、古着屋を紹介すると言ったとき、幼い頃より吹くことがあるそれと同じ「風」が吹いたのだった。



 都心から北へ向かう特急で一時間半、さらにバスで20分。もちろん土地の上に建っているのだから住所はあるが、屋号を持たないその「古着屋」は、大型店舗が並ぶ国道から一本裏に入った一方通行にあった。先日、スマホで見せてもらった通りハンガーに掛かる大量の衣服がガラス扉越しに見えるので、少なくとも住居には見えない。だから「古着屋の倉庫」と言われれば一番納得がいく。看板だってないのだ。しかしあくまでも「店舗」だった。

 

 もちろん今日までの間にネットで調べてみたが、何の手掛かりもなかった。この時代にググれない店が存在していることこそ最大の不思議ではあったが、それはむしろ信頼の証でもあろう。客は誰かの紹介でしか売り買い出来ず、だからネットへアップすることも「匂わす」ことも、あくまで店側のお願いとして禁止だった。それが破られていない、ということはおそらく見立ててもらう古着に「効果」があるからだろう。そして効果を実感した者は、禁止を破ると罰が当たるかもしれない、と考えるものである。

 ちょうど三十代の男が紙袋を手に出てきた。地面を焼く強い陽ざしを思い出した男は日傘をさす六十代の女と三十代の女に会釈し、扉を閉めず去って行った。もちろん親切で。




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