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古着屋  作者: ハクノチチ
1/5

持つべき希望と持つべきではない希望

 夏の終わりが迫った日曜日に彼女は宣言した。

 「最後にするから着続づけてもみる」

 決して若いとは言えない彼女には柄だけじゃなく、サイズまでも合ってない、拳大の金太郎が胸や背中、袖の先まで全面にプリントされた、赤くて派手なアロハシャツを今夜から部屋着にして毎日着ると言うのだ。

 彼は、慰めになるのならと思い、そうだね、と言った。

 そして一週間が経ち八月のカレンダーを破った日曜日の夜に、赤いアロハの彼女はあらためて言った。

 「明日で最後。今度もダメだったら、やっぱり保護猫でも飼いましょう」

 結婚して六年目の夫婦は今もって二人きりだ。

 「費用なんてどうにかなるから、最後って言わずに君が納得するまで試してみればいい」彼の言葉は本音と建て前だった・・・・・・我々には決して安くない費用は、それでもどうにかなるだろう。しかし君はすっかり納得しているはず。じゃなければ、こんなチンピラアロハシャツを洗いもせず毎日着ているわけがない。こっちは黙っているけど、真っ赤な生地の上で、大量にプリントされる金太郎の前掛けの「金」の文字とひし形の枠に使われる金色の存在感がやけに強過ぎて目がチクチクする。正直落ち着かない。仕事で疲かれた駅からの帰り道、今夜もアレを着ているんだろうな、と思うと少し遠回りしたくなる。と言うか、実際何度もそうやって帰っているんだぞ。


 彼は皮だけになった皿のスイカをスプーンでいじくりながら、汁に濡れる黒い種に微笑んだ。


「ありがとう。でもね身体もしんどいし、気持ちはもっと辛いからケリをつけたいの。だから最後にするよ。ごめんね」

 どう見てもサイズの合わない金太郎のアロハを今夜も着ている彼女は、彼が食べ終わったスイカの皮をスプーンでいじくる仕草の理由になど気づきはしなかったし、もし仮に察したとしても、全く気にしなかったろう。何よりも絶対に大事なのはブレずにいることだった。たとえ今夜のスイカが今年最後のものだろうと。

 自分を気遣う、半信半疑の夫の言葉よりも、決して嘘をついている、とはどうしても思えない、正直に言えばあり得ない、そんな「彼ら」の血に流れる、不思議なくらい自信に満ちた言葉を信じるのだ。それは「持つべき希望」と「持つべきではない希望」を行き来する必要がないくらいに。不妊に悩む夫婦が何に一番削られてしまうかと言えば、今の人生の全てがその「行き来」にしか存在しなくなってしまうことだった。少なともこれまでの二人にはそうだった。

 

 二十代の終わりが見えてきたころの桜が咲き、十代から使っている冬の毛布を洗いに行ったコインランドリーの大型バスケットの中で、着信を知らせる自分と同じ機種のスマホに出てみたら、と言う小さな偶然からいつの間にやら確信を育てていた二人は、三十歳になったのを期に籍を入れ「注意」やら「留意」を必要としなくなり、初めこそコウノトリの飛行経路を、そのうち、そのうち、と言っていたが、二人して検査してみたところ彼女が治療を薦められこれまで二度試していた。産婦人科のネットの書き込みほど信用ならない、と思わざるを得ないくらい掠りもせず、その都度昔し置き忘れたスマホに出てくれた彼女に謝られることが、彼は本当に嫌だった。

 

 


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