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誉血啜りの瞳  作者: ミチバケ
新異暦786年:破滅村の章
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第7話:恐怖の象徴

 僕が持つ魔力では、魔女のような派手で強力な魔術は使えない。

 燃え盛る炎を大蛇の如くに蠢かせる、氷の塊を巨大な槍として投げつける、眩い雷を大地へ落とし大きく穿つ、こういった魔術は魔女だから出来ることだ。

 僕に可能なのは、自分の肉体の一部を別の形に変えて使う程度まで。自然現象を作り替え、意のままに操作するような芸当は到底不可能だった。

 では体を何に変えてどう使うか。プリムラ様は魔術を戦いに用いる場合、僕自身が抱く恐怖の象徴、破壊するもののイメージを利用しろと教えて下さった。心から畏怖するものは、それだけ鮮烈に己へ刻み付けられている。拭い去れない重ききずは、戦うための刃として代替するなら、それだけ強大な影響として発現する。故にこれほど相応しいものはないのだと。

 プリムラ様の教えに従い、僕は恐怖の対象を、戦うものの姿を思い描く。苦労はしなかった。それは僕の記憶に突き刺さったまま、今も消えないでいるからだ。

 幼い頃、村の裏手にあった森に迷い込み、遭遇した野生の黒山羊。それまで見たどんな動物よりも大きく感じた。僕が小さかったこと、たった独りで心細かったこと、実際に体躯へ恵まれた山羊だったこと、不用意に相手の縄張りへ入り興奮状態にさせてしまったこと、様々な要因が重なっていたのだろうと今なら分かる。

 血走った眼で僕を睨み据え、純然たる敵意を以って飛び掛かってきた。あの時の恐怖、死への直感は忘れられない。

 寸でのところで父が助けに駆け付けてくれ、僕は無事に逃れられた。しかし父は黒山羊の角に背中を裂かれ、強健な前脚でしたたかに蹴り踏まれてしまう。僕を庇って酷い手傷を負い、結局それが原因でほどなく後に此の世を去った。

 自分の過ちが父を死に追いやった罪悪感、遠慮会釈ない圧倒的な暴力の奔騰、仇としての恨み、それらも加わりあの黒山羊は僕の中に、強大な怪物として居座ることとなる。それ以来に奴を見掛けたことはなく、村民からも目撃情報はなかった。もう死んでいるのか、今も何処かで生きているのか、何一つ判然としない。けれど僕にとって最悪の脅威であり、悪夢の実像として食い込んでいる事実は変わらない。

 故に、負の想いを余すことなく注ぐ。気後れしそうになる己自身へ渇を入れ、記憶の底から呼び起こし、イメージを奮い立たせる。僕の意識を魔力が世界に伝え、確かに在る僕の右手を、望む形へと至らせた。


 獰猛に遷移した黒山羊の頭が、牙を剥いて躍り、障り狂いの頭と胸郭をまとめてこそぐ。

 その部分だけ空間が断たれたように半円形へ抉れ、欠損部から鮮血が噴いた。

 重要器官を失った男の体は前のめりに倒れていき、小刻みに全身を痙攣させるが、すぐに動かなくなる。

 山羊頭の赤黒い目玉は、既に次の動体を見据えていた。僕が腕を向けるより先に、黒山羊自身へ引っ張られるよう振り動き、後続の障り狂いを迎え撃つ。

 身の毛のよだつような嘶きを発し、前へと向かう黒山羊と転化者が交錯。瞬間に血まみれの口牙が、障り狂いの頭から左肩にかけて削り取った。

 薄い紙を引き裂くかの如く簡単に、かつて人だったモノの骨肉を破壊する。黒山羊が喰らった部位は直ちに分解され消滅し、咥内なにも残っていない。

 僕の魔術により破壊するものの顕現として実体を得た黒山羊は、敵対する一切を虚無に飲む。しかしその前段階では、物理的な速度と圧、牙の切れ味と顎の力で対象を瞬時に削いでいるのだ。

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