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誉血啜りの瞳  作者: ミチバケ
新異暦786年:破滅村の章
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第6話:魔女式直伝魔術

 限界まで大口を引き開け、歯を剥き出しにして、先頭に立つ障り狂いの男が迫ってきた。

 両腕も全力で前に向けて、爪を立て、掴み掛ろうとしてくる。

 僕はそれを正面から迎えると、左手の前腕でぶつけ軌道を逸らし、押しつつ外側へいなした。

 相手の動きは直線的で速度が乗っている。その勢いを利用して力の進路だけずらしてやれば、即座の転換が出来ず体ごと流れていく。

 攻撃点が外れたことで、男が僕の真横に来た。伸ばされた両腕は何も掴めず空を掻き、涎を落とす口の先に噛むべきものはない。

 自ら作ったこの間隙に、僕は魔力を練り奔らす。


 プリムラ様の血を飲んで『瞳』となったことで、彼女が身に宿す魔力が僕の中にも幾許か芽生えた。

 プリムラ様と出会うまでは無縁だったもの。魔女が魔女たる所以であり、魔女と余人を隔てる絶対的な要素。それが魔力だ。

 魔力は魔女のみが生まれながらに有している極めて特殊なエネルギー。彼女達が魔術と呼ぶ超常の御業を執り行う必須要素になる。その役割は自分と世界を橋渡すためのつなぎ。魔力を介することで万物へと己の意思を流し込み、今ある事象を望む形に遷移させられる。魔術とは部分的に事物を改変し、奇跡を任意に引き起こすもの。

 魔力の量は世界と自分の間に結ぶ橋の数となり、魔力の質は橋の強度へ直結する。魔力量が多ければ橋の数は増え、それだけ多くの事象を作り替えることが可能となり。質が高まれば橋は強固となって、より明確に自分の意を世界へと反映させられる。

 世界を変えてしまうことが、個人の範疇で叶うという力。魔女だけが自由に行使できる権能。偉大なるもの、凄まじさを感じる一方で、酷く恐ろしくもある。

 それが僅かばかりながら僕の中にも宿った。これも僕自身が彼女の支配物である証なのだろう。

 プリムラ様と比べれば量も質も微々たるものだが、さりとて凡庸な人だった身には過ぎた力に違いない。

 理解と制御と行使には、膨大な時間を費やした。なにせ生まれながらに自分の一部として持っていて、その扱い方を熟知していた魔女とは違う。何も知らない、分からない状態から一つずつ飲み込んでいく作業の繰り返しなのだから。

 けれどプリムラ様が直々に手ほどきをしてくださったお陰で、なんとかモノにすることができた。


 自分の中に巡る微少な魔力を意識下で捉え、集中して右腕へと流し込む。

 集った魔力を今度は肩から二の腕、肘を越えて前腕へと送り、イメージする。自心が抱く戦いの形、破壊の姿を。

 すると宿った魔力が僕の意思を世界に及ばせ、現実の在り様を別のものへと変え始めた。

 右手が赤い燐光を帯び、くすんだ輝きを経て、異質の形状を再出していく。痛みや痒み、熱さ冷たさといった感覚はない。

 一瞬後、赤い粒子が散り消えて、僕の右手は動物の頭部に変容していた。

 捩じくれた二本の角を持ち、黒い毛で覆われた姿。縦に長い顔と、深く引き裂けた口は、兇相の山羊だ。

 血の滲んだ赤黒い目玉をギョロつかせ、開いた口腔には普通の山羊とは違う鋭利な牙がずらりと並ぶ。

 愛くるしさなど微塵もなく、とぼけたような可愛げも絶無。村で世話していた家畜としての山羊とは似ても似つかない、攻撃的で暴虐の気配を纏う危険なケダモノだった。

 陰惨な儀式を行う悪魔の姿画が、ちょうどこんな造形をしていたろうか。

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