第5話:障り狂い
木材や石材で作られた家々が集まり、隣人同士の連帯で成り立つ類の小さな村がある。
緩やかな円を描くように家屋は配置され、開けた中央部が広場となっている構成だ。村民の行き交う場としてだけでなく、寄り合い所としても使われていたのだろう。
昔住んでいた故郷の村も同じような様式だった。村民間の距離が近く、困り事があれば自然と人が集まり対処が進む。そこにあるのは優しさや気遣い以上に、同じ村の住民という仲間意識だ。
だからこそ災厄が広まるのも早かった。村人同士の関りが深いために、他者を容易に見捨てるという選択がとられない。
共同体の維持に不可欠な信頼感や繋がりこそが、時として集団を破滅へと押し進めてしまう。僕の故郷がそうだったように。そしてこの村も、同じ末路を辿った。
僕は事の起こりから最後までの一部始終を見ていたわけじゃない。寧ろ、辿り着いた時にはもう全てが終わった後だ。けれど何があり、どう事態が悪化していったかは、現状を見れば理解できる。
村の広場を彷徨い歩く人々の姿があった。その足取りには明確な目的がなく、何処へ向かっているでもない。茫洋とした所作は、彼等の自意識を感じさせなかった。
衣服は乱れ、血の赤や泥で酷く汚れている。首や肩、腕や脚に大きな噛み傷が目立ち、治療された形跡は皆無。一同、白濁した目で焦点を失い、低く不気味な唸り声を上げていた。
誰も彼もがまともじゃない。人間性の欠損した醜悪な有り様は、穢土の障りに蝕まれた者の特徴を示す。
善良だったろう村民は凶暴極まりない人食いの怪魔へ、自我なき生ける屍『障り狂い』へと変えられてしまった。
人から人でないモノに転化した者が、心配して近寄ってきた者を襲い、こうして傷付けられた者が転化して、また別の誰かを襲う。その繰り返しが短時間で災禍を広げ、村一つを壊滅させた。僕の故郷と同じように。
プリムラ様の『瞳』になってから、こうした村の亡骸を見るのは何度目だろうか。
どれだけ目にしても慣れはしない。犠牲になった村民達の困惑、悲哀、恐怖、絶望、その辛さ苦しさは嫌になるほどよく分かる。僕も同じものを味わった、骨の髄まで染みている。
この光景を見ると思い出さずにはいられない。穏やかで温かかった日々が終わった時のこと。信じ心許していた人々に襲われて、血肉を容赦なく齧り貪られた痛みと衝撃。
気を抜けば全身から血の気が引いて、足元から崩れ落ちそうになる。
彼等も僕と同様に、あるいはそれ以上に恐れ、悶え、嘆いただろう。その果てが、人を襲わずにはいられない化け物と化し、延々と彷徨い歩くだけなどと。憐れに過ぎる。
障り狂いへ転化しきってしまった者は、二度と元に戻れない。プリムラ様の魔力や知識を以ってしても、その術は無いという。穢土の力とは絶対的な不可逆性を強制する故に禍々しく、なによりもおぞましい。
無惨に変わってしまった者に対し、僕がしてやれることはただ一つだけだ。
未来も救いも奪われた彼等を、この場で終わらせてやる。彼等自身の手で、これ以上災いを広げることがないように。
生気が絶えた村の中へ一歩を踏み出す。
そこかしこから聞こえる唸り声を耳にしながら、更に一歩を前へと進める。
次の一歩を出した時、広場をうろつく障り狂いが一斉に僕を見た。
白濁した幾つもの眼差しが、僕の存在に気付いて注がれてくる。敵意と殺意の綯い交ぜになった、獰猛さを突き込んできた。
さぁ、獲物は此処だ、向かって来るといい。
「同じ苦しみを背負う者として、僕が介錯をしてやる」
高まり続ける唸り声に向けて言い渡した。
その瞬間、障り狂い達が大地を蹴って走り出し、僕目掛けて集まってくる。