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誉血啜りの瞳  作者: ミチバケ
新異暦795年:支流の章
21/22

第21話:黒山羊牙滅

 僕は足を止め、ルルナウルルを降ろしながら振り返る。

 視界が弧状に動いて、眺める世界を瞬時に移す。

 彼女は両手を回して僕の腰にしがみつき、青い瞳で見詰めてきた。目の奥の凪いだ光が、一切を出し切れと伝えてくる。

 右腕に、体中の魔力を全て向かわせた。あまりに多く制御が暴れるも、直後に大人しくなり動員が進む。

 ルルナウルルの協力だ。

 右腕全体が熱を持ち、骨が軋む。扱う限界量を超えた魔力の奔騰に、体の方が悲鳴を上げる。

 それでも止めるわけにはいかない。持てる魔力を集約し、自心の奥底に横たわる恐怖の象徴を其処へ被せた。

 宿った魔力が僕の意思を世界に及ばせ、現実の在り様を別のものへと変えていく。

 右腕が赤い燐光を帯び、くすんだ輝きを経て、異質の形状を再現した。

 瞬きの間もなく、赤い粒子が爆ぜて散り、変容を遂げた黒山羊の動物の頭部が現れる。

 捩じくれた二本の角、黒い毛で覆われた縦に長い顔。血の滲んだ赤黒い目玉をギョロつかせ、深く引き裂けた口内にギザついた牙を並ばす。

 獰猛で兇相の黒山羊は、いつもより遥かに大きかった。

 僕一人分の魔力なら右手が山羊頭に変わるのみだ。それが今は腕全体の総面積さえ上回り、凡そ3倍ほどにも巨大化している。

 使用した魔力量と質が、そのまま魔術の規模と密度を深化させた。


『メ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ッ゛!』


 過去最長最大規模となった黒山羊が、凄まじい嘶きを上げる。

 形あるものを喰らい壊したいという欲動を発し、ミチミチと口端を引き裂いて、巨顎を限界まで開き剥いた。

 加速した意識下で一連が瞬時に過ぎ、僕自身が後ろを向き終えた時。眼前には目まぐるしく前転運動する怪物が迫っている。

 元々の姿を観測できない激烈な回転は、巻き込み即轢き潰しを断行する恐るべき暴力の権化。

 だが大きさの観点では僕の黒山羊は負けていない。強暴さでもだ。


 次の一回転で僕と奴との距離は絶え、双方が接触する。

 その最後の臨界域。

 相手の回転が地面を抉り推進する始まりに、僕は渾身の力で右腕を、黒山羊を、正面への最短ルートに突き出した。

 裂けて開く襲口の直進は、軌道上の空気も風も圧力も衝撃も、一切合切悉く捉えて断ち割り飲み砕く。例外はない。

 怪物の半回転が終わりに、達した黒山羊は接面部から牙を掛けた。巨躯の質量総体を進路に収め、前にのみ進む敵の運動力を真っ向から迎え撃つ。

 勝敗は刹那で決した。

 黒山羊が顎を閉じきり、口腔に位置づいた全てをこそぎ取る。

 溢れ躍動する力を強引に噛み潰し、突撃の波をあやまたず終砕。

 怪物の9割以上が齧り削られ消失する。千切れ飛んだ足首より下だけが、僕達を境に左右へ別れ転がっていった。

 目の前にはもう、動くものの影も形もない。伸ばしきった右腕と、そこに纏わる黒山羊を残して。

 奴との因縁にも終止符を打つ。


「ぶっはぁ~~」


 極限の緊張を抜けて、僕は止めていた息を一気に吐き出した。

 絶体絶命の大一番が無事決着した安堵が全身へ渡り、急激に力も抜けていく。

 身に余る過剰な魔力を完全に使い切ったことで、巨大な黒山羊は赤い粒子へ分解され、見る間に実体を霧散させた。

 僕の操作を待つことなく、魔術が解けて現実は規定の状態へ復元される。

 体内で暴れる魔力は尽きたものの、節々には軽い痛みが残り、幾許か眩暈もした。僅かな時間でも許容量超えの魔力を収めていた弊害か。


「おおー、パックリといっちゃんだよー」


 これだけの力を送ってきた当人は、まるで堪えた様子がない。怪物の消滅地点に指差して、感嘆の表情を浮かべている。

 あれだけの量でも彼女が保有する一部でしかなく、今尚相当量の魔力を身の内に湛えていると考えれば、魔女という存在の規格外さを痛感するばかり。

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