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誉血啜りの瞳  作者: ミチバケ
新異暦730年:序幕の章
2/22

第2話:瀕死

 どれだけ時間が経ったのだろうか。

 気付いた時、もう周りにまともな村民はいなかった。

 なんとか逃げ出せたのか。あるいは何処かに身を潜めているのか。それとも既に全員変わってしまったのか。

 今や確かめる術はない。

 僕も首や肩、腕に腹、足までも噛まれ千切られ、動けないでいる。

 仰向けに倒れたまま、濁り曇った夜の雲を眺めることしか出来ない。

 随分と血が流れ出たためだろうか、感覚がどこか遠い。

 痛みも倒れた当初より鈍っている。

 神経が麻痺しているだけなのかもしれないけれど。

 ただ、おかげで頭の中は冷め、自分でも奇妙に思うほど混乱は薄い。

 恐怖も不安もあまり湧かず、不思議と胸の中を掻き乱さない。何故か落ち着いていられる。

 予期せぬ事態が続き、極限状態に追い込まれて、情緒が壊れてしまったと。そう言われた方が納得できそうだ。

 もう既に僕はおかしくなっていて、それを認識できていないのだろうか。


 あちこちからは絶えず、あの唸り声が聞こえている。

 所在なく彷徨い歩く彼等の気配は、依然として感じられた。

 別の場所に向かって大移動を始めたわけでもない。この村に留まっている様子だ。

 一方で血風舞い散る狂乱は鎮まっている。

 襲う相手がいなくなったから、とも考えられる。

 彼等は村民を苛烈に容赦なく襲っていたものの、変わってしまったもの同士では危害を加え合っていなかった。

 残虐で凶暴な有り様からは、知性が消えたように見えた。自分と同じものとそうでない者を、冷静に判断していたとは思えない。

 なにかもっと動物的な、本能に近しい部分で判別していたのかもしれない。

 だから正常な村民が姿を消したことで、攻撃対象を失い大人しくなった。その可能性がある。

 少なくとも現状で、彼等が共食いを始めたと思しき騒がしさからは無縁。静かなものだ。前までの激動が嘘のように。

 僕の考えが正しければ、彼等が僕をこれ以上襲わずに放置しているのは、もう既に彼等と同じものだからということになる。

 噛まれた人は然して間を置かず変わっていった。男も女も、子供も老人も、誰もがそうだった。僕の見た限り例外はない。

 つまりは僕自身も、じきに言葉をなくし、意識を手放し、普通の人間が近くに寄れば躊躇なく襲い掛かるように、なってしまうのだろう。

 だけどまだ、僕は変わっていない。

 自分を自分として捉え、今もこうして思考を続けていられる。誰かに噛み付きたいとも思わない。

 それとも傍に襲う者がいなければ、彼等も同じように自我を保っているのか。

 だとしても僕には調べようがない。体は動かないし、喉も噛み切られていて声は出せなかった。

 彼等に話しかけて、意識の有無を確認することも不可能。

 そもそも何が僕達に起こったのか、根本的な部分がわからない。墓地にいた最初の男は、何者だったのだろう。

 質の悪い病気か、それとも、もっと邪悪な――

 

「惨いものですね」


 唐突に、声が聞こえた。

 変わってしまった村民の唸り声とは違う。細く澄んだ、女性の声だ。

 聞き覚えはない。


穢土えどさわりに蝕まれましたか。対抗する手段も知識も持たない村では、ひとたまりもなかったでしょう。そんな中で貴方だけは辛うじて抗っている。運が良かったですね」


 声が近付いたかと思えば、視界に女性の姿が入り込んできた。

 蒼白い肌に、銀色の巻き毛。尖った耳と真紅の瞳を持つ、見知らぬ女性が僕を見下ろしている。

 顔と肩と手だけが露出し、それ以外は黒の長衣に包まれた姿。頭には三角形の特徴的な、これもまた黒い帽子をかぶっていた。

 昔話に出てくる魔女そのものといった装いだ。

 違いがあるとすれば皴枯れた老女ではなく、20代前半と見える若々しい女性というところ。

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