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誉血啜りの瞳  作者: ミチバケ
新異暦795年:支流の章
17/22

第17話:得手不得手

「それで、このはりはどうするのかな」

「どうー?」

「どんな魔術で処理するんだろう。僕に手伝えることがあったら遠慮なく言って。なんでもするから」

「どうもできないよー」

「え?」

「梁になっちゃったら、私の魔術じゃどうにもできないんだよー。だからそうなる前に様子を見に来たんだよー」


 意外すぎる言葉に僕は耳を疑った。

 魔女の揮う魔術に不可能はないと思っていたからだ。

 ルルナウルルはしょんぼりと肩を落とし、眉尻も下げて悲し気な顔を見せている。

 その心底から残念そうな姿が、冗談や悪ふざけでないことを物語っていた。


「でも魔女は『瞳』と比べ物にならない強大な魔力を持っている筈だ。『瞳』を遥かに凌ぐ魔術が行使できるんじゃないのかい?」

「魔女にも得手不得手があるんだよー。私は転移の魔術なら得意だけどー、攻撃する魔術は苦手なんだよー」


 顔の前で両手を交差させ、大きなバツ印を作るルルナウルル。

 言われてみればおかしな話じゃない。プリムラ様だって転移の魔術を使えるわけじゃなかった。

 魔女だから何でもできるというのは僕の先入観、思い込みだ。そのことに今気付かされた。

 梁は見るからに巨大で途方もない存在感を放つ。しかも穢土えどの結晶だから下手な手出しをすれば、こちらにどんな災禍が齎されるかは未知数。それでも差し迫った脅威と知ってしまった以上、何食わぬ顔で放置もできない。


「梁が飛び立つまで、どれぐらいの時間があるかな?」

「たぶん5、6年ぐらいだよー」

「思ったよりある。なら今のうちに『誉血啜りの魔女(ブラッドイーター)』様の元へ戻りたいな。彼女に協力を仰いで、梁への対処を考えよう」

「『誉血啜りの瞳(ブラッドゲイズ)』君が居るから、お話は難しくなさそうだよー。名案だよー」

「ついては魔女殿の転移魔術を借りて、主の所まで跳びたいのだけど。お願いできる?」

「お安い御用だよー」


 ルルナウルルは僕の頼みを快諾してくれた。

 にこやかに頷いて得意満面となり、固めた拳で自分の胸をドンと叩いてみせる。

 そこから両手を叩いて合わせ、左右へと引き離した。すると掌と掌の間で蒼光が瞬き、一振りの剣が形成されていく。

 白く長い柄と、斜め下方へ落ち広がる形の鍔、幅広で長大且つ真っ直ぐな両刃の刀身。

 僕より背が低いルルナウルルに対して、かなりの大得物だった。

 されども彼女は気負いなく左手で剣を掴むと、重さを感じさせない軽やかな所作で振り上げる。

 魔力によって創られた実体。僕が右手を変えて現出させる黒山羊と似たものなら、あの剣は彼女の一部と同義だ。


「いくんだよー」


 緊張感を伴わない掛け声で、ルルナウルルは左手と剣を正面に振り下ろした。

 刃の切っ先が前方の空間を奔り抜けると、縦に一筋の線が刻まれる。それが左右へと開いていき、僕達の目の前に空間を割いた穴が生まれた。

 穴の縁は黒く、時計方向に回転している。覗き見える内側には、星空を思わす微細な煌めきが瞬いていた。

 彼女が現れた時に見た、あの穴だ。

 穴の向こう側には、広い木陰を下ろす立派な大樹が確認できる。見覚えのあるその光景、プリムラ様が暮らす館の前庭に間違いない。


「これで通じたよー。この向こうが『誉血啜りの魔女(ブラッドイーター)』の居る所だよー」


 ルルナウルルは事も無げに言ってくる。

 特に集中した素振りもなく、なめらかに簡単に、別所の空間同士を繋げてみせた。

 僕が何年も掛けて旅してきた道程を、一呼吸の間で飛び越えられるようにしてしまう。これが『空剣の魔女(ゲートルーダー)』の力か。

 確かに魔女の魔術は凄まじい。

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