第13話:出会い
崖の突端から見下ろせる『穢土の支流』に背を向け、僕は来た道を引き返した。
不規則に隆起する複数岩塊の間を抜けて、濁った風を掻き分けていく。
曇天は尚も続き、穢土の傍であるためか陰鬱な気配が付いて回る。
この辺りに生き物はいない。獣も、鳥も、昆虫さえ、穢土を恐れて近付かないからだ。
彼等は自分の根源的な性質に忠実で、自己保存を優先する。本能が鳴らす警鐘を無視して、敢えて接近を試みるのは僕ぐらいなものか。
「なんだ、魔力?」
雑草も生えていない荒れた大地を踏んで戻ること幾許か、僕は異変を感じて立ち止まった。
向かうべき先に魔力の反応がある。
周囲には誰もおらず、岩塊がそそり立つ以外には何もない。空に目を向けても飛行する影は皆無。
まさか地面の下かと考えた時、前方の空間へ黒い筋が走った。縦に一線、宙に浮いたような形で存在する。
次いで生まれた筋が左右へ開き、人が一人楽に通り抜けられる程度の穴が作られた。
穴の口は黒く、時計方向に回転している。辛うじて窺える内側には、星空を思わせる微細な煌めきが瞬いていた。そして奥から濃密な魔力が溢れてくる。
いや、それだけじゃない。魔力と共に女性が出てきた。
年の頃20代前半だろうか。身長は160cmほどで僕よりやや低い。
長い金色の髪を、背中側で三つ編みに束ねている。
瞳は青く、右目につけている眼帯が印象的だ。
顔立ちは精緻に整い可愛らしい。ただ左目が半眼になっているためどこか眠そうな、ぼんやりした雰囲気がある。
フリルのついたドレスシャツと、大きく広がった青地のコルセットスカートという格好で、足には革製のブーツを履いていた。
一見では名家の御令嬢といった風情。しかし魔力を伴い現れたことから魔女か、あるいはその『瞳』だと予想できる。
「ほいっと、到着だよー」
吐き出された柔声に乗るのは、鈴が転がるような耳触りの良い響き。
彼女が完全にこちら側へ歩み立つと、今通ってきた背後の穴は自ずから閉じて無くなった。
空間を割いた一線は完全に消え、何事もなかったように塞がってしまう。あとは綺麗に元通り。
「あれー、こんな僻地に人がいるよー。ふ~ん、なるほどだよー」
立っている僕に気付いた女性の目が、真っ直ぐに投げ込まれてきた。
左だけの青く澄んだ瞳は一度驚きの色を浮かべたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
そこから薄く細められたまま、頭の上から足先までまじまじと眺められた。
「あの、なにか?」
「キミが『誉血啜りの瞳』だよー?」
自身の細い顎へ手を添え、彼女は小首を傾げた。
間延びした語尾と口調は、僕に尋ねているのか、それとも断定しているのか、よく分からない。
成否でいえば彼女は僕の正体を言い当てている。
『誉血啜りの瞳』は、プリムラ様こと『誉血啜りの魔女』の従僕を示す僕へ付けられた俗称だ。
「以前に会ったことがあるかな?」
「ないと思うよー」
「ならどうして、僕が『誉血啜りの瞳』だと?」
「キミからは僅かだけど魔力を感じるよー」
「うん」
「魔力を持って生まれてくる男はいないよー」
「うんうん」
「だから魔力の宿る男は例外なく魔女の『瞳』だよー」
「なるほど」
「次にキミの左目は琥珀色、でも右は真紅だよー」
「確かに」
「紅瞳の魔女で思い当たるのは『誉血啜りの魔女』だけだよー」
「おお」
一つ一つ彼女は自身の推理を口にした。
順序立てた説明は、それなら予想できるという説得力をしている。
ぼんやりしているようでも洞察力が高く、頭の回転も速そうだ。




