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誉血啜りの瞳  作者: ミチバケ
新異暦795年:支流の章
13/22

第13話:出会い

 崖の突端から見下ろせる『穢土えどの支流』に背を向け、僕は来た道を引き返した。

 不規則に隆起する複数岩塊の間を抜けて、濁った風を掻き分けていく。

 曇天は尚も続き、穢土の傍であるためか陰鬱な気配が付いて回る。

 この辺りに生き物はいない。獣も、鳥も、昆虫さえ、穢土を恐れて近付かないからだ。

 彼等は自分の根源的な性質に忠実で、自己保存を優先する。本能が鳴らす警鐘を無視して、敢えて接近を試みるのは僕ぐらいなものか。


「なんだ、魔力?」


 雑草も生えていない荒れた大地を踏んで戻ること幾許か、僕は異変を感じて立ち止まった。

 向かうべき先に魔力の反応がある。

 周囲には誰もおらず、岩塊がそそり立つ以外には何もない。空に目を向けても飛行する影は皆無。

 まさか地面の下かと考えた時、前方の空間へ黒い筋が走った。縦に一線、宙に浮いたような形で存在する。

 次いで生まれた筋が左右へ開き、人が一人楽に通り抜けられる程度の穴が作られた。

 穴の口は黒く、時計方向に回転している。辛うじて窺える内側には、星空を思わせる微細な煌めきが瞬いていた。そして奥から濃密な魔力が溢れてくる。

 いや、それだけじゃない。魔力と共に女性が出てきた。

 年の頃20代前半だろうか。身長は160cmほどで僕よりやや低い。

 長い金色の髪を、背中側で三つ編みに束ねている。

 瞳は青く、右目につけている眼帯が印象的だ。

 顔立ちは精緻に整い可愛らしい。ただ左目が半眼になっているためどこか眠そうな、ぼんやりした雰囲気がある。

 フリルのついたドレスシャツと、大きく広がった青地のコルセットスカートという格好で、足には革製のブーツを履いていた。

 一見では名家の御令嬢といった風情。しかし魔力を伴い現れたことから魔女か、あるいはその『瞳』だと予想できる。


「ほいっと、到着だよー」


 吐き出された柔声に乗るのは、鈴が転がるような耳触りの良い響き。

 彼女が完全にこちら側へ歩み立つと、今通ってきた背後の穴は自ずから閉じて無くなった。

 空間を割いた一線は完全に消え、何事もなかったように塞がってしまう。あとは綺麗に元通り。


「あれー、こんな僻地に人がいるよー。ふ~ん、なるほどだよー」


 立っている僕に気付いた女性の目が、真っ直ぐに投げ込まれてきた。

 左だけの青く澄んだ瞳は一度驚きの色を浮かべたが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 そこから薄く細められたまま、頭の上から足先までまじまじと眺められた。


「あの、なにか?」

「キミが『誉血啜りの瞳(ブラッドゲイズ)』だよー?」


 自身の細い顎へ手を添え、彼女は小首を傾げた。

 間延びした語尾と口調は、僕に尋ねているのか、それとも断定しているのか、よく分からない。

 成否でいえば彼女は僕の正体を言い当てている。

 『誉血啜りの瞳(ブラッドゲイズ)』は、プリムラ様こと『誉血啜りの魔女(ブラッドイーター)』の従僕を示す僕へ付けられた俗称だ。


「以前に会ったことがあるかな?」

「ないと思うよー」

「ならどうして、僕が『誉血啜りの瞳(ブラッドゲイズ)』だと?」

「キミからは僅かだけど魔力を感じるよー」

「うん」

「魔力を持って生まれてくる男はいないよー」

「うんうん」

「だから魔力の宿る男は例外なく魔女の『瞳』だよー」

「なるほど」

「次にキミの左目は琥珀色、でも右は真紅だよー」

「確かに」

「紅瞳の魔女で思い当たるのは『誉血啜りの魔女(ブラッドイーター)』だけだよー」

「おお」


 一つ一つ彼女は自身の推理を口にした。

 順序立てた説明は、それなら予想できるという説得力をしている。

 ぼんやりしているようでも洞察力が高く、頭の回転も速そうだ。

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