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誉血啜りの瞳  作者: ミチバケ
新異暦795年:支流の章
12/22

第12話:穢土の支流

 鉛色の曇り雲が空を占め、陽光を鈍く遮っている。

 吹き抜けていく風はどこか濁って、呼吸さえも億劫になりそうだった。

 周囲へ聳える岩塊が広くに翳りを落とす所為で、尚一層に薄暗い。

 僕が立っているのは荒涼とした大地の端、一歩先は深く抜けた崖の上。

 プリムラ様謹製の魔薬に従い旅をして、渡り巡って辿り着いたのがこの崖だ。

 より正確に言うならば、辿るべき蒼い光が示すのは崖より外。遥かな断崖を伝って落ちた、絶壁の底となる。

 崖から下方を覗き見れば、遠い向こうに目的地が認められた。


「嫌な景色だな」


 思わず漏れた呟き。眉間に皺が寄っているのが自分でも分かる。

 地の果てが如き巨大な窪地に、宵闇色の泥とも粘体ともつかない不気味な対流が、ゆっくりと渦巻いている。

 無機的というよりは有機的で、しかし温かみの欠片もない。うねくり、這い回る様から醸されているのは、茫漠とした無遠慮さ。全てを飲み込み圧するまでの禍々しさ。

 雄大な自然の中にあって微塵も馴染みはせず、強烈な違和感を伴い歪み浮いている。

 見ているだけで不安を煽り、胸の奥から不快感を込み上げさせる、異様な光景。

 時折、気泡のような膨らみが生じ、弾ける度に腐臭へ似た臭いが溢れ、風に混じり巻き上がってきた。

 おぞましい色彩をした汚泥めいた流物が蠕動する様は、生理的な嫌悪感を刺激する。生き物としての本能が、関わるべからずと忌避しているらしい。

 強く意識を保たねば窺うことさえままならない、あれこそが穢土えど

 

 ずっとずっと昔から感情を持つものがこぼし滴らせてきた赫怒、憎呪、嫉妬、悪意、執着、苦悶、怨嗟、慟哭、兇望、滅祈など数多の暗い想い。輝きなき下向きの閉塞感が生み出す負の想念。

 これらが引き寄せ合い、相喰らい、幾重にも絡まって、とろけ澱み重なった、忌まわしき煮凝りの坩堝。

 あまりに長く多く堆積し続けた想念が、現象にまで昇華され影響力を持つへ至った淀みの極限。あらゆるものの不幸を求め、乱れ狂い壊れることを欲し、災禍へ塗れ蝕まれ、永劫にのたうち嘆く無救の有り様を強要する、邪悪の真髄。此の世に良くないことを齎すためだけに存在する、黒いエネルギーの大河。それが穢土だ。

 何百年、何千年、何万年とかけて染み流れ、集い混じった負浄の絶層は、世界の何処かに未曾有の溜池を築いているという。そこから枝分かれた想念が各地に根を張り、泉さながら点々と湧き出し不穏の力場を築いている。

 此処はそうした『穢土の支流』の一つ。


 プリムラ様が僕に命じた役目は、地上に災いを強いている穢土のさわりから痕跡を辿り、それが始まった起源たる支流を探し出すこと。

 此処から行き渡る呪われた狂毒に侵され、幾つもの村が障り狂いの巣窟を化した。この崖下に蠢く支流が、一帯圏域に障りを撒き散らしている元凶というわけだ。

 僕の故郷が滅んだ原因、以前取り逃がした変異障り狂いも、此処か或いは別の支流から影響を受けていたに間違いない。

 もっと魔力が強く、魔女に匹敵する魔術が僕にも使えたら、今すぐこの支流を消し飛ばしてやれるのに。でも残念ながら、僕にそんな力はない。

 それどころか、これ以上不用意に近付けばタダで済まないだろう。魔女の血を受けた『瞳』といえども。強大無比な穢土の集積が及ぼす負の影響は計り知れない。

 口惜しいけど、今はこのことをプリムラ様へ報せに戻ろう。

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