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誉血啜りの瞳  作者: ミチバケ
新異暦786年:破滅村の章
10/22

第10話:異腕との攻防

 変容した腕の長さで優る分、攻撃範囲を確保したのは相手の方が先だった。

 互いに走り向かう途上で障り狂いは足を止め、長い右腕を振り下ろしてくる。

 肩を回して縦方向に放たれた腕撃が迫る中、僕は大地を蹴って横へ跳んだ。

 離れてから半拍の後、異形の腕が地面をしたたかに打ち叩き、大音と衝撃を発する。

 僕がさっきまで居た場所には異腕が深々と減り込み、土煙を上げていた。

 しかし強烈な一撃だったからこそ半ば埋まってしまっている。この好機を逃さず、僕は右手の黒山羊を伸びきった肘目掛けて突き出した。

 惨忍な牙が目標をこそぎ取るべく挑みかかる。接触点までは2秒もあれば届く位置。

 だが僕の予想に反して向こうの動きは機敏だった。

 黒山羊の到達より僅かに早く、異形の腕は五指で大地を掴み、手首から引き起こされる。

 何をするかと思った時にはもう、手首から180度曲がり、前腕・二の腕・そこより先の本体までが持ち上がり飛んでいく。異形の右腕一本で、でんぐり返しをしたような形だ。

 黒山羊が口牙を閉ざすも、何も噛めないまま終わる。目の前で腕より大転してしまい、障り狂いは僕の前方から後方へと立ち位置を変えた。

 瘤で膨れた異腕の動作を追って振り返ると、五指が地面から引き剥がれ、横向きに振り払われる。


「くッ!」


 肥大した指が素早く迫り、僕は咄嗟に後ろへ跳んだ。

 入れ違いのタイミングで、直前まで立っていた場所が掻き裂かれていく。

 直撃こそ避けたはしたが、鈍い振音を伴う打風が巻き、乾いた土煙に叩かれた。

 理性がなく、思考を挟まないために動きは本能的。先刻まで対処していた障り狂いとの違いは、やはり変質した腕が逸脱した反応速度を示す点となる。

 人体の構造上不可能な所作も、平然とやってのけた。細心の注意を払わねば、虚を突かれかねない。

 男の目は依然として焦点を結ばず、口はだらしなく開いたまま。足取りもフラつき、あの腕さえ無ければどうとでもなるのだけど。

 どう攻めるか思案しているうちに、肌と紫の混色した異腕が突き込まれてくる。

 今度は真正面から、最短距離を一息に詰めてきた。

 ならばこちらも勝負に出るまで。僕の意思へ呼応するかのように黒山羊が嘶き、右手ごと真っ直ぐに奔り往く。

 障り狂いの右腕と僕の黒山羊が、初めて全速で激突した。相手の密度が高い筋肉と長さ活かした威力を、破壊の魔術で迎え撃つ。

 ぶつかり合った刹那に衝撃が爆ぜ、全身を圧すも両脚で踏み締める。競い負けないよう歯を食いしばって耐え、右腕を前から逸らさない。

 伸ばした黒山羊は引き裂いた口腔で、障り狂いの中指を齧り切った。上下に並ぶ烈牙を渾身の顎力で揮い続け、轟然と向かい来る異腕の進行圧を利用する。相手側の打ち出す勢いをあやまたず受け止めることで、黒山羊の顎口は開いたまま直撃指の一切を削っていた。

 吹き飛ばされそうになる殴衝の重さに抗い、僕は全身に意識と力を張り巡らせて押し返す。少しでも緩めれば弾かれるギリギリの拮抗。額に脂汗が滲む。

 永遠とも思えるような数瞬。

 前方からの威圧感が不意に途絶え、体への負荷が止んだ。

 見れば僕の右腕、黒山羊は伸ばされたまま健在。感覚も変わらず。

 一方で障り狂いは、中指の付け根までが無くなった異形の腕を、肘から曲げ引き戻していた。

 今の鬩ぎ合いは僕の勝ちと見ていいだろう。正面切っての力押しなら、こちらに分があるということだ。

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