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誉血啜りの瞳  作者: ミチバケ
新異暦730年:序幕の章
1/22

第1話:騒乱

 始まりは墓地だった。

 夕暮れを背に佇む誰かの姿。襤褸切れのような服を着た、名前も知らない独りの男。

 フラフラと、酔っ払いめいた覚束ない足取りで、歩いてくる。

 男に気付いた面倒見の良い村民が「どうした、大丈夫かよ」と近付いて声をかけた。

 彼は気さくで逞しい好青年。子供から大人まで皆に慕われるしっかり者。僕も何度か助けてもらった。

 困っている人を放っておけない、そういう気質。だから迷いなく、誰よりも先に動いて関わった。

 すると不審な男は呻り声を上げながら、突然に掴み掛かって牙を剥く。驚き戸惑う青年を押さえ付け、首筋へ噛みついた。

 そこから先は一瞬のこと。思い切り肉が引き千切られ、噴き出る鮮血と轟く絶叫。

 凡庸で穏やかに日々が過ぎていく村へ似つかわしくない、凄まじいその響きが、人々に異変を報せた。

 青年の悲痛な叫びは、少しすると獰猛な雄叫びに変わる。森の獣よりも荒々しく、箍の外れたおぞましい激声に。

 駆け付けた彼の父と母へ向けられた目は白濁し、歯口の形に噛み取られている首を痛がる様子もない。抉れた傷からは尚も血飛沫が散っているのに。

 治療をしようと試みる両親に、彼は唸りながら飛び掛かった。その顔には平時の朗らかさなど微塵もなく、兇暴に歪んだ鬼の形相だった。

 驚愕と恐怖に怯む父母へ対し、彼は躊躇なく大口を開け、自分がされたのと同じように噛みついてしまう。

 そのまま容赦なく肉を食い千切り、悲鳴と血潮にまみれつつ、低く呻いた。彼の口からはもう人の言葉が出てこない。

 次の獲物を探すよう首を巡らせ、その後ろでは襲われた二人が相次いで咆哮を上げた。

 白濁した目に、深々とした噛み傷を厭わない挙動。そして人間らしさの絶えた顔と呻り声。

 三者三様に血へ汚れ、けれど自身の有り様など意に介さず、彼等は走り出した。遅れて最初の男もフラフラと歩いて来る。

 そこから先は阿鼻叫喚。何が起こっているのか分からないまま、村民は次々に青年一家と男へ噛み付かれ、しばらく後に理性を失い他者を襲った。

 噛まれた者は噛んだ者と同じ狂気の徒となり、顔見知りも、男も女も、老いも若いも関係なく、別の誰かに飛び掛かる。

 最初の4人が1人ずつ噛めば噛まれた4人は襲う側となり、8人がまた1人ずつ噛んで16人。16人が更に1人ずつ噛んで32人。ネズミ算式に増えていく。

 鍬や鎌を手に持って戦おうとした者もいたけれど、何人もが四方から押し寄せ、抗いきれずに倒れ群がられた。

 逃げ惑う人と追い縋る者が入り乱れ、村祭りとはまったく違う血生臭い喧騒に包まれる。怒号と悲鳴が渦巻き、泣き声と咆声が幾重にも絡み合う。

 昨日まで安穏としていた村の姿は何処にもなく、村人が村人を襲い喰らう異様な光景が広がった。

 なにもかもがおかしくなった只中で、村の古老が震えながら呟く。「地獄の蓋が開き、死が溢れてきた」のだと。

 その古老も狂ってしまった小さな孫に食らい付かれて、すぐに向こうの仲間入り。

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