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3:黒騎士

 セントシュタインは大きくて綺麗な街だった。道端には塵ひとつ落ちておらず、物乞いも野良犬も見当たらない。治安も良さそうだ。

 活気もあるのだが、どことなく人々の顔が暗く見えるのは気のせいだろうか?

 

 街の入り口近くにあるという、リッカが移った宿屋はすぐに見つかった。かなり大きい建物で、造りからして高級宿かとも思えるが、中の酒場がギルドも兼ねているせいか出入りする客層は様々だった。


 扉を開けた先には、広いホールがあり、石の床にはテーブルと椅子のセットがたくさん並んでいる。今が昼時だからだろうか、その多くは冒険者で埋まっていて賑やかだった。まだ明るいのに酒を飲んでいる者も多い。

 リッカの姿は見当たらなかったが、奥のギルドカウンターに特徴的な青い髪が見えた。ルイーダさんだ。

 彼女は俺に気付くと、作業の手を止めて招いた。


「や、いらっしゃいジルさん。どう、セントシュタインは? 人が多いでしょう」

「ああ、まだ街を探索したわけじゃないが…ここだけでも凄いな。毎日こうなのか?」

「そうねえ・・・今は黒騎士の騒ぎで関所全てが封鎖されてるから、遠くに出られない冒険者が溜まってて、少し多いかもしれないわね」


 彼女の視線の先では、酔っ払い冒険者が近くの席の者に絡んでいる。


「ストレスもあって、普段より殺伐としているかもしれないわ」

「ふうん・・・黒騎士ってのは?」

「突然現れた、全身真っ黒の騎士よ。お城のフィオーネ姫様を狙ってるんですって」


 ルイーダは、カウンターに頬杖をつくと、後ろ――城のある方角を指さした。


「気になるなら行ってみるといいわ。騒ぎのせいで今、城は腕の立つ冒険者を絶賛募集中だから、自由に入れるはずよ」





 酒場から城までは中々に遠かったが、城が大きくて立派なおかげで迷うようなことはなかった。

 入り口には門番が立っているが、俺が通っても何も言わない。やってくる冒険者が多いのだろう。

 通った先には立て看板があり【黒騎士の件 冒険者説明会 15時~ 2F中広間】と書いてある。まだ、かなり時間があった。


 探検でもするか。


 内心、豪華な内装に不釣り合いな自分の格好に気後れしつつ、しかしここで挙動不審者になるわけにもいかないので、せいぜい堂々と城の廊下を歩く。

 食堂っぽい所を覗き、兵士の詰所の前を通り、学者がいる書架を過ぎ、ふと気づくと庭に出ていた。

 何の気なしに近寄った井戸を、なんとなく覗き込んだ時。


「う…ぬ……うーーん・・・」


 中から不気味な呻き声が、反響して聞こえてくる。

 どうしよう。中に変な奴がいるのだろうか。それとも降りた人の具合が悪くなったのか。


「…おーい。大丈夫か?」

「! 助けてくれー…」


 声をかけると助けを呼ぶ声がしたので、降りることにした。



 井戸の底には、変なやつがいた。

 壁に大きな割れ目があって、そこに身体の左半分を突っ込んだ男、武闘家…だろうか? 鎧などは身に着けておらず、近くの壁に棍が立てかけてある。

 そいつは俺を見ると、緑の目を細め、天使でも見たかのように幸せそうな顔をした。


「助かったぁ…。見ての通りなんだ。助けてくれないかな?」

「…いや待て見てもわからないぞ。どういう状況だ」

「この大きな割れ目の先に何があるのか気になって、通ろうとしたんだ。そうしたら身体が引っかかって、出られなくなったんだよ」


 ・・・・・・。


「なるほど。一つ教えてくれ」

「なんだい?」

「結局、先には何があったんだ?」


 そいつは悲し気な表情に変わり、ゆっくりと首を振った。


「わからなかった・・・」

「そうか」


 俺は荷物からいくつかスライムゼリーを取り出すと、男の身体と壁の隙間に塗りたくった。潤滑剤の代わりだ。


「あっ……ひゃあっ、くっ…くすぐったい、んあっ」

「頼むから変な声を出すな。その顔もやめろ。誰かが降りてきたら俺まで変態の仲間にされる」

「変態って…あひゃっ! く、くく…」


 悶えつつ踏ん張る男の腕を引っ張ってはゼリーを塗り込むことを繰り返し。

 やがて、スポーン! と盛大に身体がすっぽ抜け、一応予想はできていたが、その勢いのまま俺は男の下敷きになった。ジメジメと湿った泥の床に押し付けられ、上には見た目よりも重い野郎。


 ・・・。


 大丈夫俺は天使だ。天使の心で受け止めようじゃないか。

 仏頂面くらいは許されるだろう。


「ご、ごめん! 大丈夫かい?」

「ああ」


 男に引き起こされて、改めて礼を言われる。


「本当に助かったよ。君が来てくれなかったら、発見されるまでいつまでかかったかわからない」


 紺の髪に、優し気で理知的な顔立ちをしているそいつ。行動は謎。


「僕はアレフ、武闘家。君は?」

「ジル。一応、旅芸人だ」





 俺と同じく、黒騎士の件で城に来たというアレフ(散歩の途中で隙間の罠に引っ掛かったらしい)と共に指定の広間へ向かう。いつしか丁度いい時間になっていた。


 広間には壮年の兵士が一人、待っていた。彼は掛け時計にちらりと目をやり、頷く。


「よく来てくれた、今日は二人だけだな。私はジャン。早速だが、もう知っているかもしれないが現状説明をさせてもらうぞ」


 そう言ってジャンは、

 ・先日の大地震の後、黒い騎士が現れた

 ・城の姫君を連れ去ろうとし、何人も兵士に怪我人を出している

 ・現在の所在や根城は不明。彼を討伐してほしい


 ことを話した。


「もう、多くの冒険者に同じ説明と依頼をしたのだが…未だ進展は無いのだ。運良く遭遇できた者も、返り討ちにあっている。もっとも、こちらから攻撃しなければ襲ってくるようなことはないのだがな」

「その、出会えた人はどこで?」

「北のシュタイン湖だ。目撃例も、そこが一番多い」

「なるほど、では、そこで待ってみましょうかね」


 フムフムと聞いていると、開いていた広間の扉から誰かが急ぎ足で入ってきた。

 それは綺麗なドレスのお嬢様――いや、たぶんお姫様だ。なんか風格がある。

 彼女は俺とアレフを見て顔を曇らせた。


「ジャン兵士長、また無関係な冒険者の方を巻き込むのですか。大変なお怪我をなさるかもしれないのに」

「殿下…」

「わたくしが直接、黒騎士と話して、彼の目的が何なのか聞き出せばよろしいではないですか。そう、何度も父にも申しましたのに」

「殿下――そのようには参りませぬ。安全が確約できない以上、直になどと」

「わたくしの危険はいけなくて、兵士や冒険者はよいのですか? 民を守ることこそが王家の者の務めだと教わってまいりました。矛盾しておりますわ」


 年若い姫だが、誇りと賢さを持ち合わせているらしい。

 毅然とした態度でジャンを見据える姿には、貫禄のようなものが具わっている。


 姫は俺たちに視線を合わせると、口を開いた。


「冒険者の方々、お願いがあります。わたくしを一緒に連れて行ってくださいませんか? もうこれ以上、自分の事で皆が悩まされる様子を見ていたくないのです。勿論、万一何かあっても、その責任は全てわたくし自身が負います」

「姫様っ!」

「兵士長。一人で抜け出してほしいのですか?」

「そのような…」


 困り果てたジャンと、もう決意していそうな姫を黙って見ていたアレフがそっと手を挙げた。


「あの。殿下はご自分のせいで皆に迷惑がかかることを恐れて、そうおっしゃっているんですよね」

「はい」

「わかりました。なら、怪我をすることなく、黒騎士に目的を聞き出して戻ってくることをお約束します。なので、それまでお待ちくださいませんか?」


 なんだろう。

 所々まだゼリーのぬるぬるが残っているが、こいつ、自然に爽やかイケメンムーブをかましている。


 まあ、と口元を抑えた姫が「でも…」と心配そうに俺に目をやるので。


「お任せください。これ以上、姫のご心痛を増やすような無様なことはいたしませぬゆえ」


 そう告げるしか、俺に道は残っていなかった。

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