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1:馬の糞拾い

 昔、まだ生まれて数十年だった頃。

 天使界の外庭の縁に腰掛けて見下ろした雲海の向こう、まだ見ぬ人間界に想いを馳せて、親友のアルメンとよく夢を語り合ったものだ。

 短い翼をパタパタと羽ばたかせ、彼は得意げに鼻の先を擦っていた。


「おれは絶対、人間の歴史書に名を残すスーパー天使になる!!」

「いやスーパーってどの階級だよ。大体、人間に俺らの姿は見えないって教わったろ、どうやって認知されるつもりだよ」


 冷静にツッコむと、アルメンはフンスッと存在しない力こぶを作った。


「おれらが働いた証は、天使の御業(みわざ)として受け止められる。ジリエル、お前こそ授業の話聞いてなかったな?」

「最近の人間は見えないモノは存在しないと考える者も増えたとも言ってただろ。俺たちが下界に降りる頃を想像してみろ、きっと定期的に井戸の中のタルに5ゴールドとか入れて回って物欲に訴えかけないと感謝されない時代になっていることだろうよ」

「うっ・・・さすがエルギオス様の弟子だな、とんでもなく現実的で恐ろしい想像だ…」

「褒めてるのか?」





―――そんな会話を交わしたこともありましたーーーっ!


 え、なに? 守護天使の仕事ってこんなに地味だったわけ?

 ――と唖然とした頃すらもはや懐かしい。


 ウォルロ村の守護天使となって10年。

 最初の頃は、格好よく影でモンスターから人間を守っちゃったり?とか考えていたものの、スライムや動くズッキーニや砂袋にやられる者などあろうはずもなく。彼らモンスターは(もっぱ)ら、俺が民家のタンスやタルに忍ばせる3ゴールドのために俺に狩られるだけ。一応自分、優秀なエルギオス様の優秀な弟子なんだけど・・・守護村が最弱モンスターエリアなのマジでなんで??

 

 日課は、馬の糞拾い。

 馬小屋のおっちゃん、朝寝坊なんだよな。彼が鼻提灯つくってる間、せっせとフンを拾っては村の畑に埋める。よく守護天使に感謝してくれる住民の畑に蒔くのは許してほしい。これで星のオーラがさらに収穫しやすくなるんだ。


 あとはたまに、人間の手の届かない崖にあるスズメバチの巣の撤去とか…

 木の枝に引っ掛かった帽子を落とすとか…

 

 ――なんだろう、うん。

 アルメンは元気だろうか。



 たんまりと星のオーラが溜まった頃、一度天使界に戻ることにした。

 雲を突き抜けて上昇した先に見えてきた天使界、その基底部の大穴から帰還する。


 俺から大量の星のオーラの気配がするせいか、すれ違う天使たちが目を丸くしている。


「あらジリエル、凄い数のオーラね。流石だわ、どうやってそんなに集めるの?」

「日々を真面目に働くと自然とこうなるようだな(馬の糞拾いがメインとは言いたくない)」

「じりえりゅさま、おかえりなさい! ねえ遊ぼ~」

「おー、ただいま。世界樹にオーラ捧げてきてからなら少し遊べるから、ちょっと待ってろ」


 同輩の賛美を浴びつつ、足元にまとわりつくチビ天使の頭を一撫でして長老の元に向かう。

 階段を上がりまっすぐに進んだ先、人間の城で言うと玉座に当たる部分に長のオムイが座っていた。彼は智天使、現在の天使界では最高位の存在である。

 俺を目にすると目を細め、ちょいちょいと手招きした。


「よう戻ったジリエル。守護任務初回にしては、随分と長居をしたようじゃの? して、どうじゃったかな人間界は」


 形だけついていた膝の埃を払い、俺は立ち上がった。

 グッと親指を立て、余裕の笑みを浮かべて見せる。


「なかなか有意義な日々だったぜ爺ちゃん…。俺は馬の健康状態を(糞を)一目見ただけで明確にわかるようになった」

「それはそれは。楽しんでいるようで何よりじゃな」


 しわが刻まれた口元がそっと綻び、慈愛の微笑みが滲む。

 オムイは、猛禽類の頭を象った杖の先に手を添え、よっこらせと立ち上がった。


「それだけのオーラを捧げれば、世界樹はさぞかし輝くことじゃろう。どれ、わしもその様子を見に行くとするかの」


 彼が歩き出すのを、もう片方の手をとって支えながら、ふと思いつく。


「そうだ。師匠はいるかな? もし居たら、師匠にも見せてあげたいんだけど…ほら俺の初任務の成果だし……」

「おお、ぜひ見せてやりなさい。顔には出さぬが、イザヤールもきっと喜ぶじゃろう」


 オムイはお付きの天使に師匠を世界樹の元に向かわせるよう言いつけた。



 長い長い階段を螺旋状に登り続けた先、そこに世界樹は佇んでいる。

 煌めく緑の葉を茂らせ、常にそよ風にさやめく姿はただでさえ壮観の一言だが、星のオーラを捧げた暁には樹が心底嬉しそうに輝く姿を見ることになる。


 樹の下には、既に師匠――イザヤールがいた。

 オムイが立ち止まったのを確認し、彼の元に駆け寄る。

 イザヤールは俺を見ると、ほんの少しだけ目じりを下げた(気がした)。


「お久しぶりです師匠! お元気そうで何よりです」

「うむ。ジリエルもしっかりやっていたようだな。師としてこれ以上の喜びはない」


 頭を下げ、隠れた表情がにやける。

 褒められちゃった、嬉しい。


「オムイ様とともに、師匠にもオーラを捧げるところをお見せしたいと思いまして」

「ああ。よくこれだけ集めたな」

「それはもう! 毎日毎日、馬の・・・」

「馬の?」

「いえ。なんでもございません」


 キリッと引き締めた顔で首を振る。


 世界樹の根元まで移動し、溜めに溜めた星のオーラを両手で掲げるようにして捧げ送り出した。

 枝葉に吸い込まれていったオーラは消え、一拍置いた後、樹が大きく身震いをする。

 

「おおー…」


 透き通るような青い光を葉の一枚一枚が発し、漆黒の夜空を背景に風にそよぐその姿に、心から美しいと思った。

 ――本来ならここで再び、元の姿に戻るのだが。


「ん? 戻ら…ない?」

「世界樹が…さらに輝きを増している…?」

「これは、まさか」


 その時、樹がいきなり強烈な黄金の光を放った。辺りが日中のように明るくなるほどの眩しさに目を瞑り、開けるとそこには。


 金の果実が実っていた。


 その光景にオムイは目を見開き、感動に打ち震えている。


「そうか…今じゃったか…。天使界顕現以来初めての、女神の果実が実る時は…。

 長きに亘った我ら天使の働きがようやく実を結んだのじゃ。これをもって、神の国に―――」


 その言葉は、途中で爆音に遮られた。

 

 …なんだ!? 雷か?


 見たこともない色――禍々しい紫の雷光が何本も天と地を結び、そのうちの一つが天使界を直撃したのか足元が大きく揺れる。

 視界の端に、金色の空飛ぶ列車が雷に打たれて落ちていったような気がしたが、構っていられない。

 思わず叫んだ。


「な、なんでだ!? 雷雲は――ここ(天使界)よりずっと下にあるはず!」


 その言葉に、師匠がハッとしたように上を見上げた。


「そうだ。つまりこれは…神を」


 もう一度、轟音と共に地面が大きく揺れ、天使界を構築する柱の一部だろうか――大きな破片のようなものが、こちらに降ってきた。

 師匠とオムイは気がついていない。

 とても考えている暇など無かった。


 そちらに足が動いた。

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