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三日月が咲いた夜

作者: 明家叶依

「ねえ、笑ってもいいと思う?」

 学校からの帰り道、彼女が僕に言った。

「いいんじゃないの?」

 と僕はひょっこりと出て来ていた三日月を見つめて言った。


 僕は彼女が笑った姿を見たことがなかった。笑いたくないのなら無理して笑う必要もないと思ったからだ。

 彼女は立ち止まって僕の制服の裾を掴む。僕は振り返って彼女を見た。彼女は無理矢理笑顔を作ろうとして、引きつった頬に悲しそうな二つの瞳、その下の部分には歪な形をした口許があった。


「どうかした?」

 僕が聞くと、彼女はすぐに表情を戻して「ううん。何でもないの」と歩き出した。僕は彼女の背中を少しの間見ていた。


 次の日気になって彼女の教室を覗いて見るとそのクラスの女子や男子が後方の席に集まっていた。輪になっているからよくわからないが、異様な盛り上がりだ。「強ええ」とか「まじか」と驚きの声を出している人もいる。


 教室に戻ってきた一人の男子生徒に「何してるんだ?」と尋ねた。

「ああ、にらめっこしてるんだよ。一人すごい強い女子がいてね誰も勝てないんだ。それで皆毎日挑戦してる」


 今の生徒が言っていた女子というのは僕の彼女の事だった。


 彼女はあまりの強さに「無敗の女王」という肩書きまでできていて、誰も勝てる気がしないと言う。まあ、確かに強そうだなと思った。

 けれど、なら、なぜ彼女は笑う練習をしていたのか。負けないのならそれでいいのに。それだけが疑問だった。

 帰っている途中の歩道橋の上で僕は彼女に聞いた。

「にらめっこ、無敗なんだってな」

 しかし、彼女は浮かない表情だった。


「何? 嬉しくないの?」

「いや、嬉しいというか、何というか」

 彼女はもごもごと口を動かす。

「私が負けるまで続きそうだから……そろそろ負けときたいかなって」

 僕はおかしくて笑ってしまった。にらめっこで負けたい人を初めて見た。しかも、そんな真剣な表情で言わなくも。

「もう! 真剣に考えてるのに」

 彼女は制服のスカートをギュッと握っていた。


 結局その後、笑う特訓に付き合ったが、バリエーション豊富な表情が僕を襲い、こちら側の負け続き。何も練習にはならなかった。こいつやたらとにらめっこ強いな。

「まあ、別に良いだろ、勝ってても。そのうち向こうも飽きる」

「そうかな! そうだよね‼」


 うん。その笑顔を本番で出せば負けると思いますが……。


 翌日、彼女は安心した様子で学校に行ったが……。

 このにらめっこのブームは夏休み前まで続いたという。


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