<異世界短編> 治癒術士が雇われて
ここは魔法が存在する西洋ファンタジー的な世界。これはそこで暮らす、とある職業人の物語である。
私の名はハイレン。職業は『治癒術士』と呼ばれるものだ。その名の通り、魔法の力をもって人々の病気や怪我を治すのが仕事なのだが、実は選ばれし職業である。
そもそもこの世界では魔法を使えるのが十人に一人ぐらいの割合であり、更に使える魔法はその人との相性もあって、治癒魔法を使える人間は一万人に一人いるかいないかという非常に珍しいものなのだ。
従って、王国や冒険者など様々なところから声を掛けられるのだが、私はフリーランスとして活躍している。
理由は組織とかチームを組んでの行動が苦手で・・・、あ、いや。独立独歩の精神が強いからだ。
「さて、この街のはずだが・・・」
辿り着いた街は人口一万ほどで、この世界では中規模の大きさである。
今回はこの町の住人からの依頼で、手紙には迎えを寄越すと書いてあったのだが・・・
「あの、あなたはハイレン様でしょうか?」
キョロキョロと辺りを見回していると、若者から声を掛けられた。
「ええ、そうですが」
「ああ、よかった、間に合った。立派な杖を持っていらしたので、そうではないかとお声がけしたところでして。申し遅れました、私はダミアンと申しまして、今回依頼をしたダボスの息子です」
こうもすぐに迎えが見つかるとは幸先が良い。治癒術士とわかるような、立派な杖を奮発した甲斐があったというものだ。
「これはどうも。私もつい先ほど着いたばかりだったので丁度よかったです。して、依頼内容に書いてありました病人はいずこに?」
「はい、我が家におります。どうぞご案内いたします。」
こうして私はダミアンという若者の案内で依頼人の家へと向かって行った。
「父さん! 来たよ! 治癒術士様が!」
「おお! 間に合ったか!」
家へと到着すると、依頼人は大いに喜んでいた。これは余程の重病なのか? と思い気を引き締める。
「ハイレン様! お越し頂きありがとうございます。それで、着いて早々申し訳ないのですが・・・」
「いえいえ、構いませんよ。余程お急ぎのようですね。して、病人は?」
私が尋ねると、依頼人は「こちらです」と奥の部屋へと案内してくれた、のだが・・・。
「・・・・・・この方、ですか?」
「・・・はい」
上目遣いで答える依頼人はどこか気まずそうな顔をしていた。
というのも、対象が今にも死にそうな皺くちゃの婆さんではないか!
しかも、枕元にはお迎えに来たと思われる死神が立っていた。
一応老婆に手をかざして『観察』の魔法を使い、病状を確認するのだが・・・
「どこも悪くない。立派な老衰ですね。死神様も来ておりますし、後は天国へと参るだけです」
死神は悪者と勘違いされやすいのだが、死者の魂を天国へと導いてくれる立派な人、あ、いや神なのである。そのため、こうしてお迎えが来るということは幸せなのだ。
「天寿ですので、私にはどうしようも出来ませんな。それでは、私はこれで」
依頼を断り、立ち去ろうとしたところ、
「ちょ・・・ちょっと、待ってください! ハイレン様!」
依頼人が必死の形相で、私を引き留めにきた。
「なんとかなりませんか? せめて、あと一週間! いえ、三日もたせてくれればいいんです!」
依頼人の目が血走っていて何だか怖い。
「そうは言いましても、寿命ですからね・・・。それに、三日四日引き延ばしたところで、どうせすぐ逝っちゃいますよ?」
おっと、思わずくだけた表現になってしまった。
気を付けねばと一息入れると、依頼人は尚も食い下がってくる。
「その三日が我々には、ひじょ~~~に重要なんです!」
「・・・何故?」
「色々とあるんですよ、我々庶民には~~~!!」
何か怪しいと思い、私は部屋を見回してみる。家財道具から見てさして裕福には見えない。
更に、迎えに来た息子をはじめ、その嫁や子供、母親などが私を縋るように見ているではないか!
「・・・事情を詳しく聞かせてもらいますか?」
「・・・わかりました。実はですね・・・」
こうして依頼人が理由を語り始めたのだが、それを聞いた私は何とも複雑な気分となった。
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「年金、か・・・」
この国には年金というシステムがあり、戸籍があれば六十を超えたところで支給されるのだ。誕生日に一年分の金額が国から支給され、それとは別に長寿祝い金として七十、八十など区切りの年に加算額が支給される。しかも、その長寿祝い金は歳を追うごとに金額が増えていく仕組みであった。
このシステムだと国の財政が破綻してしまうように思えるが、この世界ではそもそも平均寿命が五十前後と短いため、何の問題もなく成り立っているのだ。
尚、先程見た婆さんは御年なんと九十九で、三日後に誕生日を迎え百歳になるのだそうだ。そして、百歳の祝い金はこの家族がゆうに一年は暮らしていける程の金額なのだった。
「うちの家計は火の車でして。祝い金が貰えなければ、もう夜逃げするしかないんです~」
依頼人は私の両肩を掴み、押し倒さんばかりの勢いで私に迫って来る。
おまけに周りを見ると、家族全員が私に向かって土下座をしていた。
「・・・・・・(汗)」
更に婆さんのいる部屋からは、うわ言のようなうめき声が聞こえてきた。
「あと三日、あと三日でいいんじゃ~。頼むぅ~~」
「・・・・・・(大汗)」
その言葉はもはや呪いの言葉にしか聞こえなかった。
「はぁ~。わかりました。やるだけやってみましょう。ただし! 死神様が来ておられますから、上手くいく保証はないですからね!」
私は大きなため息をつきながら言う。すると、皆は涙を流し「はは~、お頼みします、神様~~」と再び土下座をした。
(いや、神様じゃないんだけど・・・)
しょうがないと死神と交渉を開始する。婆さんの方は気力がありそうなので、生命力を一時的に上げる魔法をかければ何とかなるのだが、死神には待ってもらわねばいけなかった。
「あ、あの~、死神様。ちょっと、よろしいでしょうか?」
「あん? なんやあんた、ワイが見えるんか? ・・・なるほど。治癒術士かいな、お前さん。で、何ぞ用か?」
随分くだけた口調の死神なので一瞬面喰ったのだが、私はおそるおそる数日待ってもらえないかと交渉する。すると、死神は「はぁ~」と大きなため息をついた。
「なんや、またかいな~。ホンマ、最近こういうのが多くて敵わんわ~。なんでやろな?」
そこで私は事のあらましを説明する。
「こりゃまたけったいなの作りおるの~、人間は。生き物には寿命ってのがあんねん、寿命ってのが。金の為に寿命引き延ばして欲しいってアホかっちゅうねん。」
死神の話は続く。
「けど、あんさんのお陰でやっと理由がわかったで。この前も、仕事で行ったら寿命のはずなのにピンピンしてんねん。なんでやと思たら、魔法で無理くり寿命伸ばしてんねん。そりゃ、そんな魔法もあるけどな、年金だかのために作られたものじゃないっちゅうねん。おかげで儂、その後上司にものごっつう怒られたんや。ワイのせいやないっちゅうねん。」
余程ストレスが溜まっているのか、死神の愚痴は延々と続く。
(なんで俺、死神の愚痴聞いてるんだろう・・・)
自分でも腑に落ちなかったが、機嫌を損ねる訳にもいかず相槌を打ちながら聞き続けた。そして、やっと落ち着いたところで私は本題を切り出した。
「それでそのう・・・、今回は三日、いえ一週間待って頂くことは可能でしょうか?」
すると、死神は腕を組んでう~んと悩みだす。そして・・・
「ホンマはアカンのやけどな~。けど、あんさんには色々教えてもろたし・・・。ほな、こうしましょか。寿命を延ばす分、誰かの寿命を縮めるって事でどないや?」
「え! そんな事が出来るんですか!?」
思いがけない提案に、私は驚いてしまった。
「そうや。寿命の帳尻が合えば、何とかごまかせるんや。但し・・・、あの婆さんはかなりの長寿やからな。それを引き延ばすんやから利子つけて、二週間ばかしもらいまひょか?」
(長寿の場合は、利子がつくのか・・・(汗))
色々と裏を知ってしまった気まずい感はあったのだが、私はこの申し出を快諾した。
「ほな、誰の寿命を縮めるんや?」
この問いに私はすぐさま依頼人を指名した。己の祖母の年金を当てにしているような図太い輩だ。
二週間寿命が縮んだところで私の良心は痛まない。
「よっしゃ。交渉成立やな、ほないくで」
死神が鎌を振ると、どこからか小さな光の玉が飛んできて、その玉が枕元の婆さんの体に吸い込まれていく。
見ると婆さんの顔色が若干良くなったような気がした。
「こんなもんやな。まあ、これでいいやろ。んじゃ、ワイは一週間後にまた来るとするわ。ほな、さいなら」
「ええ、どうもありがとうございました。帰りはお気をつけて」
私がお礼を言うと、死神の姿は消えていった。
なんとかミッションを完了した私は依頼人へ上手くいったと報告する。
「あ、ありがとうございます! これで夜逃げせずに済みます~!」
依頼人は深々とお辞儀をしたが、自分の寿命が縮んだ事に気付くことはないであろう。
こうして無事依頼を成し遂げた私は三日後に無事年金を受け取った事を確認した後、約束の礼金を頂いて帰路へとつくのであった。
帰り道、私は新しいビジネスを考えていた。実は死神とやり取りをした時に、今後もこのような依頼をするかもしれないと交渉していたのだ。死神の方も、
「まあ、勝手に寿命引き延ばされるよりマシやしな。ええやろ、ワイの同僚たちにも伝えとくで」
と承諾し、連絡先を教えてくれていたのだ。
今回のように、年金をもらうまで寿命を延ばしたいという依頼はきっと世の中に多くあるだろう。そういう依頼を受け、通信の魔法を使って死神を呼び、依頼者の寿命と引き換えにすれば希望に応えられるというビジネスだ。
さしずめ『安心年金屋』と言ったところか。これが軌道に乗れば、もう変な依頼を受けなくても済むし、バカ貴族にへいこらする事もない。
(これはきっと上手くいく! この世に年金というシステムがある限り!)
未来へと向かう私の足取りは、とても軽かった。
おわり
現在、連載小説「隻眼浪人と茶髪娘、江戸を翔ける!」も手掛けています。
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