第三話 目目連
昔々。
巡という一人の旅人がいた。
ある時、巡は山の中で道に迷ってしまい、人里に着く前に夕方を迎えてしまった。
その時、困り果てた巡の前に一軒のあばら家が姿を現した。
見た感じ、人気は無く、無人のようである。
このまま夜の山をさまようよりは…と、巡はあばら家で一夜を過ごすことにした。
「失礼します…」
一応挨拶をしながら戸を開く巡。
すると、
『警報、警報、侵入者ヲ感知シマシタ』
突然、不気味な警報音と無機質な声が響き渡る。
完全に無人だと思っていた巡は仰天した。
無機質な声はとどまることなく続いた。
『侵入者ハ1名ト確認』
『身長、推定175cm。体重、推定74kg』
『性別ハ男性』
『年齢ハ20歳程度』
『武器ノ携帯ハ認メラレズ』
『状態、困惑』
『家族構成、祖父母、父母、妹』
『好物ハ和食』
『趣味、釣リ』
『異性トノ交際経歴…でーたべーす二照合シテモ確認デキマセン』
『ツマリ、童テ…』
「ストーーーーーーップ!」
いきなり個人情報を次々と丸裸にされかけた巡は、大声で声を制止した。
「何なんですか、いきなり!」
「これは失礼を」
不意に女の声がした。
見れば、荒れ果てた居間の畳が開き、中からメタリックかつ奇妙な椅子がせり上がってくる。
そこに座った女性がもっと異質だった。
紫色の布で両目を目隠ししているのだが、その布には単眼の模様が白く刺繍されている。
眼は見えないはずなのに、巡はその単眼の模様に見つめられているような錯覚に陥った。
「ようこそ、私の家へ。見たところ、旅のお方とお見受けいたしますが?」
無感情な女性の声に、威圧されてもいないのに巡は居住まいを正した。
「あ、はい!僕は巡と申します。仰るとおり、旅の者でして…」
「私は漣と申します」
女性は一礼すると、奇妙な椅子…コントロールスペースから降り立った。
「察するに道に迷い、一夜の宿を借りに来た…そんなところでしょうか?」
ずばり言い当てる漣に、巡は息を飲んだ。
「そ、そのとおりです。もしよろしければ…」
「歓迎いたします」
巡が頼みを言い終わる前に、漣はあっさりと承諾した。
「見てのとおり何もない家ですが…」
「いやいや色々ありますよね!?」
謙遜する漣に、全力でツッコむ巡。
「何なんですか、圓さん!このSFチックなセキュリティの数々は!?おまけに床から出てくるし!?」
「私の性分なのです」
相変わらず感情のない声で応える漣。
「何事も監視し、情報を収集し、分析し、整理する。そしてデータベース化して管理。この一連の流れは私のライクワークとなっております」
そう言うと、漣は空中を指先で触れた。
すると、空中に何か数値やグラフらしき画面が現れ、それを漣が操作し始める。
「ちなみに貴方はお昼ご飯に麦飯のおにぎり2個を摂取したようですね。それで山越えを行い、現在は空腹状態にある、と」
画面を見ながら、漣が眉根を寄せた。
「ですが、運動量に対する栄養の摂取が見合っていないようですね。このままでは、あと30kmも進めば倒れてしまいますよ?それと、道中のおける適度な水分補給にはもっと気を遣うべきかと」
「そんなことまで分かるんですか!?」
すらすらと言い当てる漣に巡は思わず声を上げた。
漣は手で宙に浮かぶ画面を一掃した。
もはや時代設定もへったくれもない。
「とりあえず、まずは栄養の摂取。それから汚れた体の洗浄。あとは明日の行程に対するプランニング」
そう呟きながら、コントロールスペースに戻る漣。
「そうそう、衣服の洗浄もしておきましょう。不潔な状態ではどんな病原菌の影響を受けるか分かりません。その間に就寝の支度も済ませておきますね」
漣がコントロールパネルを両手で操作すると、再び様々な画面が空中に出現する。
「成程。データベースによると巡さんは…敷布団派ですね。良かった。設置が楽で助かります。枕はやや硬め。高さは大体20cmはが好み、と。寝間着はちょうどいいサイズがあったでしょうか…」
「…」
もはや開いた口が塞がらない巡だった。
「就寝時間は明日の行程を予測し、8時間はとっておいた方がよろしいでしょう」
「は、はあ…」
「ご安心を。就寝中は“目目連”たるこの私がバッチリ監視を効かせております」
そう言いながら漣が指を鳴らす。
すると、眼の形を模した監視カメラ、収音マイク、赤外線探知機、果ては警報機までもが、家の障子や天井、床下から数えきれないほど姿を見せた。
その様は、もはや電子監視システムの要塞のようだ。
「…あ、一つ確認を忘れておりました」
画面を覗き込んでいた漣が巡を見やる。
「データベースによると『添い寝をするとすぐに就寝する』とあるのですが…こちらもご希望ですか?」
「一体いくつの時の話ですかッ!?」
巡の声が暮れ行く空に響き渡った。
翌朝。
あばら家らしからぬもてなしを受けた巡は、無事に出発した。
しかし、人にその話をしても、当然、誰も彼の話を信用しなかったという。
時代設定無視とは、あなおそろしきことなり。