第二話 座敷童子
昔々。
東北のある村の一軒家に、巡という一人の若者が住んでいた。
巡は働き者で優しい若者だった。
だが、家は貧しく、いくら頑張っても一向に暮らしぶりは良くならなかった。
そんなある晩。
いつものように日暮れまで一生懸命働き、へとへとになって帰ってきた巡は、布団に入ると泥のように寝入ってしまった。
が、ふと視線を感じて目を開けると…
「ばあ、なのじゃ♪」
「うわわわわわ----!」
目を開くと、見知らぬ少女が正座しながら巡を覗き込んでいるではないか。
心臓を押さえながら、巡は布団から飛び起きた。
「ちょちょちょ町長っ!?」
すると、町長と呼ばれた少女はニッコリ笑った。
「この話では儂はただの“座敷童子”じゃ。町長言うな、俚世と呼べ」
「す、すみません…で、その俚世さんがこんな時間に人ん家で何してるんですか?」
「うむ。何かこの家が気に入ったから、今日から厄介になるぞ。宜しくの」
あっけらかんとのたまう俚世に、巡は仰天した。
「ちょ、ちょっと待ってください!それって僕と町長…じゃなかった俚世さんが一緒に住むってことですか!?」
「そういうことじゃ」
「そういうことじゃないですよっ!僕にも心の準備と言うか、世間の目がっていうか、色々と問題が…!」
「何でじゃ?こんなめんこい『のじゃロリ』美少女と、ラノベ鉄板の同居生活が送れるんじゃぞ?ウハウハじゃろ?」
「で、でも…」
「おまけに儂は“座敷童子”じゃ。家に住まわせればその家は栄えるであろう」
そう言いながら悪戯っぽく笑う俚世。
巡は仕方なく俚世を家に迎え入れた。
その途端、
「田んぼも畑もかつてない豊作に…!?」
「山でイノシシに襲われたら、勝手に罠にかかって自爆した…!?」
「気まぐれで買った富くじ(宝くじ)が当選…!?」
「今まで出なかったURキャラが10連続で…!?」
普通では考えられないほどの幸運が舞い込み、傾いていた巡の家運は、雨後の筍のごとくあっという間に盛り上がった。
これには巡も仰天した。
「で、伝承とかで知ってはいたけど…“座敷童子”の招福ってこんなに凄いのか…」
「くふふ。どうじゃ、儂を家に憑かせて正解じゃろ?」
積み上げられた米俵に座りながら俚世が胸を張る。
巡は頷いた。
「え、ええ。逆に怖くなるくらいです」
「ふふん♪この程度で怖気づかれては困るぞ。このまま一挙に一国の大名くらいにはしてもらやろう」
その言葉どおり“座敷童子”の招福は続き、巡はあっという間に大名クラスに出世を遂げた。
さて、そうなると巡の周辺も慌ただしくなってくる。
とりわけ、巡の嫁にとあちこちから縁談が沸いてやって来た。
最初は辞退していた巡もお年頃である。
史上空前のモテ期到来に、そろそろ本気で身を固めることを考え始めた。
「うーん…悩むなぁ。そもそも色恋沙汰の苦手だし、だからといって適当に決めていい話でもないし…」
頭を抱える巡に俚世は事も無げに言った。
「何じゃ、そんなことで悩む必要などあるまい」
「はあ、でも縁談がひっきりなしに来ますし、無碍に断り続けるわけにも…」
「気にするでない。そもそも嫁ならばここにおるじゃろ?」
と、自分を指し示す俚世に巡は盛大に噴き出した。
そして、信じられないものを見るようにゆっくりと俚世を見やる。
「…い、いま何と…!?」
「『嫁ならばここにおる』と言うた」
お茶をすすりつつ俚世がニヤリと笑う。
「前にも言うたが、儂ほどめんこくて、家にいるだけで福を呼び込む。こんな甲斐性のあるおなごはおらぬぞ?」
「そ、それは今日までの招福を見れば十分に分かりましたが…!」
巡は俚世に同居を切り出された時以上に動揺した。
俚世の見た目は幼女といって差し支えない。
それだけでも結婚相手としては十分問題だが、その前に相手は妖怪である。
だが、俚世はそうした巡が抱く世間様への顔向けや種族間の問題への懸念など気にした風もなく、小首を傾げた。
「何じゃ?もしかして不服かや?」
「ふ、不服と言うか、色々と問題ありと言うか…」
煮え切らない巡の態度に、俚世は頬を膨らませた。
「むぅー。ならば儂をこの家から追い出すか?」
「お、追い出すなんて…!」
慌てる巡に、俚世は腕を組みながらプイっとそっぽを向く。
「言うておくがな、儂のほかにおなごを嫁をこの家に入れても出ていくぞ?坊とよそのおなごがイチャイチャしてるのをただ見ている趣味はないからの」
「イチャイチャなんて、そ、そんな…」
俚世はそっぽをむいたまま、ニヤリと笑った。
「まあ、儂が出ていったら、この家の行く末がどうなるか…説明せんでも分かるじゃろう?」
一般に、棲みついた家を繁栄させ、招福をもたらすことで知られる“座敷童子”
だがその反面、一度居ついた家を出て行ってしまうと家運は急降下。
あっという間に没落してしまうという。
そのため“座敷童子”が憑いた家は幸運であると同時に、いつ何時滅亡してしまうか分からない危険を内包することになるのである。
巡はその笑みにガクリと膝を折った。
その後。
巡は俚世と夫婦になった。
そして、末永く幸せに過ごしたという。
「成金ロリコン野郎」という烙印とともに。
押しかけ女房としても最強クラスの娘、あなおそろしきことなり。