8 オレは女にはならない!
最近咲の付き合いが悪い。この前のことで、翔太との関係がちょっと拗れそうだったから咲に相談したかったのに、あの野郎何かと理由をつけてオレを避けやがる。教室にいてもやることねーし、絶賛校内ぶらぶら中だ。
「許せぬ……。今度会ったら天誅をくらわせてやろう」
にしても、暇だ。翔太とはこの前の件のことがあるから、正直話に行くのも……って気がするし、彩芽は女友達と話すから無理。咲はオレのこと放ってどっか行くしで……はぁ……最初の頃は調子良かったんだけどなぁ……。男どもも最初はオレに話しかけてきてたくせに最近は咲がいない状態じゃ一切話しかけてこなくなっちまった。男から女になったなんて、まあ最初は新鮮でもずっと見てると慣れるよな。
「キミ、もしかしてウワサの子?」
校内ぶらぶらを楽し……んではないが、まあぶらぶらしていたところを、おそらく先輩であろう女子生徒に捕まる。何だ喧嘩か? なわけないか。向こうは1人だし、いじめようって雰囲気でもなさそうだ。
「ウワサ? ウワサってなんすか?」
「うん? キミでしょ? 性転換病の子。わかるよ。私もおんなじだから」
「マジっすか?」
「うんマジのマジ、大マジよ。ほら、これ私が男だった頃の写真」
そう言って推定先輩の女(?)生徒は、オレに一枚の写真を見せてくる。確かに、面影は感じるし、雰囲気も似ている。弟か兄の可能性も捨て切れないが、わざわざこんなものまで用意して性転換病を偽る理由はないだろう。つまり、この推定先輩の女(?)生徒は……。
「マジ魔人じゃん……」
オレと同じ、元男の可能性が非常に高い。ってか多分そうだ。
「って、オレ、ウワサになってるんですか?」
「うん。みたいだね〜。何でだろうね? 私の時は同じ学年内じゃちょっと名が知れてるかもくらいだったんだけどね〜」
「げぇ……」
そんなに有名になっても困るんだけどなぁ……。性転換どうこうとかじゃなくて、知らない奴に一方的に存在を知られてるって考えると、あんまりいい気はしない。まあ、いい気がしないくらいで、今のとこ特に実害ないからいいんだけどさ。
「というか、そういえば何の用で話しかけてきたんですか?」
「うーんただの好奇心だよ〜。どういう子なのかなあって気になっただけ」
「なるほど」
正直、性転換病のことであーだのこーだの言われるのは好きじゃない。けど、みた感じこの推定先輩の彼女もオレと同じ性転換病の人っぽいし、咲は構ってくれないからで暇だし、ちょっとくらい話すのも悪くはないか。
「それで、好きな人はもうできた? どういう人がタイプなの?」
「はえ?」
「だーかーら! 好きな男はできたのかって話。女の子になったんだから分かるでしょ? ほら、いないの? クラスにいるかっこいい人とか!」
この人は、何を言ってるんだ? だってオレは元々男で、そもそも一年後には男に戻るつもり満々だし、女として生きていくつもりなんか毛頭ないのに。
「男なんて好きになりませんよ。第一オレは……」
「え“っ”! 何で? 勿体無い………」
「もしかしなくても先輩って、男の人が好きな感じなんですか?」
「? 何かおかしいの?」
「いや、おかしくは……」
性転換病の人の中には、性転換後の性別で生きるという選択をする人も少なくない。もしかしたらこの先輩は、そういうタイプの人だったのかもしれない。
「ふーん? あっ、そっか。まだ性転換してそんなに時間経ってないもんね。だったらそういう反応になるのも仕方ないかぁ」
「いや、オレは男はちょっと………。眼中にないというか…恋愛対象外といいますか……」
「大丈夫大丈夫! 私も初めはそんなもんだったから! でもね、時間が経ってみると、段々男の子がカッコよく思えてきて……最後には………うへへ………」
すごく変態的な表情をする目の前の推定先輩を見ながら、オレは悟る。
この人は、オレと同じではないなと。性転換病の話は本当だろう。だけど、性転換病にかかったからといって、全員が全員同じような境遇のわけでもなければ、同じ考えを持っているわけではない。この先輩は多分、男に恋し、男を愛し、そして、自信を女とすることを選択したのだ。
でも、オレは絶対、男に戻る。オレと彼女は、同じようで、違っているのだ。
「オレ、好きな人いるんで。多分、男と恋愛とか、そういうの、考えられないと思います」
「へー? 一途なんだ? かーわいい〜」
「揶揄わないでくださいよ……」
この先輩の振る舞いは、どこからどう見ても年相応の女の子って感じにしか見えない。きっと彼女が、男だった自分を捨て、女としての自分を生きることに決めたからだろう。その在り方も、一つの生き方なんだろうな。良いとか、悪いとか、そういう話ではなく、どう生きるかって、ただそれだけの話だ。
「うん。人生の先輩として、一つアドバイスをしておいてあげるよ」
「アドバイス?」
「私も、昔は好きな女の子がいたよ。でもね、気付いたら、男の子が好きになってて、好きだったはずの女の子は、いつの間にか友達としか思えなくなってた。今じゃ互いに親友だと思ってるくらいだしね」
「え、マジすか…?」
「うん。マジマジ」
「元々そういう気があったわけではなく…?」
「なかったねぇ。女の子になってからだよ。そういう感情が芽生えたのは」
「ひぇぇぇぇ………」
まさかオレも同じように………。っていやいや! ないないない!! 絶対ない! 断じてない!
オレは1年後にはきっちり男に戻って、彩芽に思いを伝えるつもりなんだ。オレが男に惚れることは、今日突然地球が滅亡してついでに宇宙が消滅するレベルであり得ない話だ。だいたい、オレが男に惚れたらホモじゃねぇか。オレはホモじゃないんだ。あり得てたまるか! んな話!
「ふふふっ、絶対にない! って顔してるね。私も昔はそうだったなぁ」
「それは先輩の話であって、オレの話じゃないです。よそはよそ、うちはうちです」
「隣の芝生は青く見えるって言うじゃん?」
「別に先輩を見て羨ましいとか特にないですけど……」
「失礼な後輩だなぁ……。あっ、そうだ! じゃあ賭けをしよう!」
先輩は人差し指を立てて、まるで名案を思いついたとばかりに声を張り上げる。
「賭け……ですか?」
「そう。賭け。もし1年後、君が男の子のこと好きにならずに、今大切に思ってる人に一途にあり続けてたら、私が君の言うこと何でも一つ聞いてあげる」
「へー。じゃあ絶対にあり得ないし、天地がひっくり返っても起こらないとは思いますけど、まあ万が一オレが男に惚れた場合は、先輩の言うことなんでも3つ聞いてあげますよ」
「え、待って3つ?」
「はい。3つです。安心してください。男に二言はないっす」
だって、起こることなんてないんだから。数がいくら多かろうが、どうせ賭けはオレが勝つんだ。3つだろうが4つだろうが、賭けに勝ったらノーカンだ。それに、そもそもこの勝負、オレの方が有利なのだ。だって結局は、オレが男に惚れなければいいわけで。そんなの、オレにとっちゃ朝飯前というか、意識するまでもないことなんだから。
「分かった。じゃあ賭けは成立ってことで」
オレは先輩と握手を交わす。たまには、こういうのも悪くはないかもしれない。ところで……。
「先輩の名前、何ていうんですか?」
「あ、そういえば名乗ってなかったね。ごめんごめん! 私の名前は、真風女 日向。よろしくね」
そう言いながら、先輩はオレに手を差し出す。
「加羽留 蓮です。賭けはオレの勝ちですから」
オレは、先輩の手を握り返しながら、勝利宣言をする。
「気が早いね。楽しみにしてるよ。蓮君」