16 俺はホモだ
翔太が、蓮と付き合ってた。
最初は嘘だと思った。けど、性転換病の先輩だっていう人と、蓮の言葉で、俺は何となくそれが真実なんじゃないかって、そう思ってしまった。
まだ、心の中で少し、蓮が嘘をついているだけなんじゃないかって、そう思ってる自分がいる。
それは、蓮への信頼とか、今までの蓮を見て来たからとか、そういうのじゃない。
………これは、願望だ。
俺は、翔太と蓮が付き合っていることを、嘘であって欲しいと思った。
最初は、俺と蓮、翔太と彩芽の、4人の関係性が変わってしまうことを危惧していたからだと思った。
実際それも間違いではない。4人の関係性が変わることに、恐れている自分はいる。けど、それ以上に。
『うん。そうだね。男の子が好きになっちゃったみたい。まあ、女の子になってから、咲君より翔太君と一緒にいる期間の方が長かったみたいだしね〜。咲君、蓮君のこと避けてたでしょ?』
じゃあ、何だ?
俺が蓮と積極的に関わってれば、俺は蓮と、恋人になれていたっていうのか?
……先輩の言葉を聞いたとき、俺はこう思った。
そうだ。俺は結局、蓮のことを、異性として意識してしまっていたんだ。
蓮の親友でありたいと、そう思っていたのに。あいつに変な想いをぶつけないようにしたいと思っていたのに。
結局、俺は蓮への想いを消し切ることが出来ていなかった。
俺は、蓮の親友でい続けてやることが、できなかった。
「ははっ……くそ……バカだな、俺って……」
1番気が合って、1番馬鹿やれて、1番弱いところを曝け出せる。
俺にとって、蓮はそんな存在だった。
女になったとしても、そこは変わらなかった。
だから、俺と蓮の関係性も、変わらないもんだって、思ってた。
なのに。
蓮は、無防備だった。
元男だからか、今自分が女であるという自覚がなかった。
スカートの中は時折見えていたし、自分の肌が曝け出されることに対して、そこまで大きな抵抗感を持っているようには思えなかった。
クラスの仲良かった男子も、蓮に対して、いやらしい目を向ける奴もいた。もちろん、全員が全員そうだったわけじゃない。けど、蓮と仲が良かったはずの何人かが、蓮に対して欲情していたのは確かだ。
それくらい、蓮は無防備だったし、同時に、あいつの振り撒く笑顔の破壊力が高かった。
あいつ、他の奴の前で見せる笑顔と、俺の前で見せる笑顔とで、少し表情が違うんだ。
俺の前で見せる笑顔は、外面なんて気にしてない、何も考えず、ただひたすらに楽しかったり、嬉しかったりする感情を全面に出すための笑顔で、そこには全幅の信頼と、俺に対する、友人としての最大限の好意が含まれていた。
その笑顔は、男の頃からしていたものではあった。けど、女になった蓮のそれは、俺にとっては破壊力抜群だった。
認めざるを得ない。
俺は、三乃上 咲は、親友であるはずの加羽留 蓮に魅了されている。
俺は、蓮のことが、好きになってしまったんだ。
でも、遅かったな。
俺は、自分の気持ちに蓋をしたんだ。蓮と親友でいるために。蓮に、要らぬ心配をかけさせないために。
無意識に、わざわざ蓮を避けて、この想いを自覚させないようにしながら。
そんなことをしていたから、蓮はあっさり、いつの間にか翔太と恋に落ちていた。
翔太と蓮が交際しているという話を聞いたとき、思ってしまったんだ。
……ずるいって。
俺は我慢したのに。俺は、蓮の親友であり続けたのに。
どうしてお前が。
何でって。
醜いよな、俺って。
親友という選択をしたのは、俺自身なんだから。翔太にずるいなんて言うのは、筋違いなのに。
「クソ。蓮と翔太が付き合ってるって言われなかったら、自覚せずに済んだのにな……」
そうしてそのまま、蓮が男に戻るまで気持ちに気づかずに、なかったことにできたかもしれないのに。
「あー頭いてー。やなこと考えるもんじゃないな」
何もかも忘れてしまいたい。なかったことにしてしまいたい。
なーんか、気紛らわせることでもないかねー。
馬鹿みたいに騒いで、頭ん中からっぽにして、楽になりてー。
「ちょっと、いいですか? 三乃上 咲君、ですよね?」
憂鬱な気分に浸っていたら、突如として背後から名前を呼ばれる。
振り返ると、眼鏡をかけたおとなしそうな少女が、俺をまっすぐと見据えて立っていた。
「ひょえ? 何ですか?」
「蓮…………加羽留君のことで、話したいことがあります」
「あー。悪いけど、俺は今蓮のことを考えたい気分じゃないんだ。話は後に……」
「後回しにしたら駄目です。蓮は今、実は結構危ない状況なんです。その蓮の状況を改善するためには、貴方の力が必要なんですよ」
蓮が危ない状況?
それって一体……。
「………仕方ないか。なあ、話、聞かせてくれないか?」
「分かりました。それじゃ少し場所を変えましょうか」
♂♀♂♀♂♀♂♀
突如俺に話しかけに来た眼鏡の少女、桃里アオイが言うには、こういうことらしい。
まず、翔太と蓮の恋人関係は、偽のものであること。
理由は、蓮が翔太との関係を改善しようとしたためであること。
そして、翔太の目的が………蓮を手に入れることであるということ。
つまり、蓮は翔太に惚れていない、ということになる。
……その事実を知った時、俺の心の中にすくっていたモヤモヤが、消え去っていくような感覚がした。
「それで、俺に求めることは?」
もし、蓮が翔太に惚れていないなら、まだ、俺にもチャンスはあるってことなんだろうか。
「蓮を助けるために、協力して欲しい。あのへんた……翔太君は、周りの人間を使って、蓮の外堀を埋めようとしてる。このままだと、翔太君と蓮が付き合ってるっていう噂が学校内に広まるのも時間の問題って感じ。だから、それを阻止したい」
「阻止って、具体的にはどうするんだ?」
だって、そうだよな。蓮は、親友だったはずの翔太と、恋人関係に至った。なら、俺と恋人関係になってしまったって、そりゃ、仕方ないよな。
「翔太君と蓮の恋人関係を解消させる。……でも、それじゃ蓮は納得しない。だから、私達で、翔太君と蓮の、友人としての関係を取り戻させる必要がある」
「そか。んじゃ、課題は、どうやったら翔太が蓮と友達に戻ってくれるかってところだな。1番手っ取り早いのは、蓮が男に戻ってくれることだろうが…」
手っ取り早い、か。
本心では嫌なのに、よくもまあスラスラと言えたもんだ。
「まあ、翔太君は間違いなく待ってくれないと思う。なんなら、蓮を無理矢理女にする手段をとって来たっておかしくないし」
「そこまでやるか……? いや、やりかねないか」
一度親友という壁を突破したんだ。何をしたっておかしくはない。従来の翔太だと考えない方が良いだろう。
「とにかく、彩芽ちゃんとやらにも協力をお願いしたい。多分翔太君は、何人かと接触して、蓮を落とすための下準備をしてる段階だろうし、なるべく、ね」
「分かった。彩芽には俺が接触しておくよ。んで、肝心の蓮にこのことは……」
まあ、もう既に蓮は一度親友との関係性を変えてしまっているんだ。
今更俺との関係性が変わったところで、大した問題じゃないだろう。
……いや、そんな単純な話でもないんだろうが。だが、こうでも言い聞かせないと、な。
「話さない方がいいと思う。蓮は嘘がつけないから。蓮にこの話をしてしまうと、多分翔太君に速攻バレちゃうだろうし」
「まあ、だな。それには同意するよ。んじゃ、お互い頑張ろうぜ、蓮のために」
……同時に、俺のためにも。
ああ、理解した。
俺は、蓮のことが好きだし、蓮と恋人になることを望んでしまっている。
もう、自分に嘘はつけない。
俺は、俺は……。
俺は、ホモだ。




