10 友人・仲間
翔太との関係が危ないこと、咲にも言うべきなんだろうか。
咲はオレが彩芽のこと好きなのも知ってるし、相談相手として1番最適だ。
けど………。咲に相談するってことは、あの4人の心地よい関係を、一度失わせることになってしまう。
彩芽以外の全員が気を遣い合って、かつてのような関係に戻れなくなるかもしれない。
でも、彩芽と咲がそのままでいてくれたら、オレと翔太だけの問題で済ませられるし、オレと翔太の関係さえ修復できたら、元の4人の関係に戻るのも容易いはずだ。
じゃあ他に誰に相談すればいいんだって話なんだが…。
「日向先輩とか?」
ぱぴーまみーには相談しづらい。かといって、翔太との関係を相談できるような存在も、咲以外には思い浮かばない。
頑張って捻り出した答えは、オレと同じ性転換病にかかり、その身を女で固定した先輩、真風目日向先輩だった。
「でも、あの人恋愛脳だし……」
あの人なら、『翔太君と仲直り…? そうか! 翔太君のことが好きなんだ!』とかそういう発想しかねない。それで恋愛テクニックと称して斜め上のアドバイスをしてきそうだ。
いや、あの人と深く関わったことないから、純度100%の偏見なんだけども。
「やっぱオレが胸に抱え込んでおくべきなのかねー……」
結局相談できそうな相手は見つかりそうにない。候補に上がった咲も日向先輩も、相談相手として適切とは言い難い。
他の男友達にこういう事情を説明しようにも、オレ達4人の関係性についてよく知ってもらう必要があるし、そもそも性転換病以降男友達との関係はなんとも言えないものとなってしまったからな…。
「困った……」
本当に困った。どうすればいいんだろうか。翔太のこと、どうすればオレは翔太との仲を改善できるのか。
彩芽のことを諦める……なんてことはできない。4人の関係を維持するためならまだしも、翔太に彩芽を譲るために彩芽のことを諦めるという選択肢は、オレの中にはない。
じゃあ、それ以外でどうやって翔太との関係を改善すればいいんだと言われても、オレには思いつかないんだが。
「うーむ………」
「あの、大丈夫ですか? なんか、すごい顔面蒼白になりながら頭悩ませてますけど」
「へ?」
声がした方を向くと、そこには眼鏡をかけたおとなしそうな少女がいた。確か、1年の時同級生だった……。
「桃里さん?」
「私のこと知ってるんだ……」
そうだ。彼女は桃里アオイ。物静かだけれどしっかりもので、成績優秀、運動もおとなしそうに見えて実はそこそここなせる、文武両道なハイスペ少女だ。
それに加えて、1年の時、オレと同じく性転換病にかかっていた子だ。といっても、彼女の場合は元々女性で、一時的に男性になっていたパターンだから、オレとは少し違う事例なんだけども。
でも、近しい境遇であることには違いない。男友達と比べたら、断然相談しやすい。それに、相手からしたらオレなんてどうでもいい存在だ。親身になりすぎず、適度な距離感で相談に乗ってくれるかもしれない。
桃里さんには少し申し訳ないが、オレはいつまでもこのモヤモヤとした気持ちを溜め込んでおきたくないのだ。
「桃里さん、相談したいことがあって」
「相談? 私にできることなんて、たかが知れていると思うし、手を貸すつもりはこれっぽっちもないけど、それでもいいなら」
「いいんだ。それくらい気楽な気持ちで。ただ聞いてほしいだけだから」
むしろ話しやすい。あんまり気負わずに相談に乗ってくれるなら、桃里さんの負担にもならないだろう。
「本当に私でいいの? 別に他にも相談できそうな人、加羽留君ならいくらでもいそうだけど」
「今桃里さんと会ってから気づいたことなんだけど、多分オレの相談相手として、桃里さんほど最適な人はいないと思うんだ。オレと同じで、性転換病にかかった経験があるし、だから、今のオレでも相談に乗りやすいかなって」
「私が性転換病だったってこと、どこで……?」
「え? オレと桃里さん、同じクラスだったんだけど……。ごめん、オレのこと覚えてなかったよな……」
そういや桃里さんの時は性転換病の話題、あんまりされてなかったな。噂が広まらないようにしてた、とか?
桃里さんもなんで知ってるんだって反応してたし、もしかしたら知られたくなかったこと、なのかな。
「ごめん桃里さん。その、性転換病のことに触れられるの、もし嫌だったんなら……」
「いい。別に気にしてないから。それに、性転換病のとき、周りに自分の本当の気持ちとか、話せなかったから。気持ちは分からないでもないし」
1年の時は話したことなかったけど、桃里さんって優しいんだな。わざわざ声をかけてくれて、その上相談にまで乗ってくれるなんて。
当時は勉強も運動もできてすごい人、けど近寄りがたいなぁなんて感じてたけど、実はそんなでもなかったのかも知れない。
「ありがとう、桃里さん。それで、相談、なんだけど……」
まず話さなきゃいけないのは、いつもつるんでる4人の関係性だ。
オレ達4人の関係性を話して、次にオレが性転換病にかかった時のこと、最後に、翔太との今の関係性を伝える。
「……そもそも何で好きな人バラしたの?」
「い、いやだって………しょ、翔太の圧がやばかったんだよ……」
「まあ、いいか。加羽留君は嘘をつけない性格、と。でも、異性関連で友情が拗れる話はよく聞くし、その翔太君とやらとの関係性が危うくなるのも仕方ないことなんじゃない? 言ってしまった時点でしょうがないと思うけど」
確かに、そうなのかもしれない。オレが彩芽のことが好きだという事実を翔太に言わなければ、こんなことにはならなかったんだろう。
そもそもオレが、彩芽との仲を発展させたいなんて思わなければ。
「………元の関係性に戻るっていうのは、難しそうだけどね。はっきり言って。関係性が変わっても交流を続けるっていう路線なら、まだどうにかなりそうな範囲だけど」
「うっ……やっぱり元の関係に戻るっていうのは、オレのわがままでしかないのかな……」
「わがままというか、難しいんだよね。その翔太君とやらが何考えてるか分かんないし、彩芽ちゃんって子がどう思ってるかも知らないし。咲君って子に頼るしかないんじゃない?」
やっぱ咲に頼るしかないんだろうか。でも、嫌なんだよな。結局それって、彩芽以外の全員がお互いに気をつかいながら交流することになる。4人でいる、あの何も着飾らず、何者にも縛られない時間を、失わせることになってしまう。
それが、たまらなく嫌だ。
「なんとか咲に頼らずに、翔太とのことを解決できる手はないものか………」
「逆に彩芽ちゃんにこっぴどく振ってもらったらいいんじゃない? そしたら諦めもつくでしょ」
「そ、それはそれで翔太と彩芽が気まずくなりそうじゃないか?」
「そう? 翔太君も彩芽ちゃんも、話に聞く限りそんな細かいこと気にしなさそうだけどね。だから、一回彩芽ちゃんに翔太君をド派手に振らせて、翔太君が彩芽ちゃんのこと好きだったっていう事実を過去の笑い話にでもしちゃえばいいんじゃない? ま、翔太君がそれで病むようなら、アフターケアはしっかりやった方がいいだろうけど」
でも、それって卑怯じゃないだろうか。
オレだって彩芽のことが好きだ。彩芽と恋人関係になれたら、そんなふうに考えた事だって何度もある。
なのに翔太だけ一方的にその機会を奪うって、そんな事許されるのだろうか。
だめだ。そんなの、翔太に対して不誠実だ。
「それもなしで。翔太が可哀想だ」
「うーんと。はぁ、恋愛って本当面倒臭いね。人間関係めちゃくちゃになるし」
「それは………何にも言えないな…」
オレが彩芽のこと好きにならなければ、今頃ここまで拗らせることはなかったんだろうけど。
「……逆に加羽留君と翔太君で付き合ってみればいいんじゃない?」
「へ? は、はぁ!? 何でそうなるんだ」
「恋人関係って口実で、翔太君と2人っきりの時間を増やせばいい。恋人らしいことする必要なんてなくて、とりあえず加羽留君の性転換病が治るまで、それを続けて見たらいいんじゃないかな」
……まあ、確かに恋人という関係になれば、翔太がオレを避ける理由はなくなるだろうけど。
根本的な解決にはなってないんじゃないだろうか。
「それ、意味あるのか?」
「さあ? でもやってみる価値はあるんじゃない? 恋人という関係に持ち込んで、翔太君の本音、例えば、なぜ彩芽ちゃんのことが好きなのか、とか、そういうのを探る。そこから、関係修復の糸口を見つけていく。勿論、全部お互いに分かった上で付き合う。なんて、上手く行く保証はどこにもないけど」
なるほど。
翔太と向き合うための口実として、恋人という関係を使う、ということか。幸いにも、今のオレは女。翔太と恋人関係になっていても、何らおかしくはない。
それに、オレが翔太に惚れたり、翔太がオレに惚れたりするなんてこと、絶対にありえないから、本当の恋人関係になってしまうという心配もないし。
それに、翔太だって4人の関係を破壊したいとは思ってないはずだ。彩芽のことが好きでも、オレと同じように4人の関係を維持したいとは思っているはず。だからこそ、オレとの友達関係を、表向きだけでも続けようとしてくれているんだろうから。
「そうか、それ、やってみてもいいかもな」
「え……いや本当に知らないよ? てきとーにアドバイスしてるだけだから、思いつきで言ってるだけだからね? どうなっても知らないけど」
「いや、でもやってみる価値はあると思う。翔太と向き合う良い機会だし、ありがとう桃里さん、オレじゃこんなこと、思いつかなかった」
「アオイでいいよ」
「へ?」
「同じ境遇だし、一度乗りかかった船だ。また何かあれば相談に乗ってあげようと思ってるから。だから、名前で呼んで」
また、相談に乗ってくれるのか。確かに、オレが相談できる相手なんて、咲以外じゃ誰もいなかったし。
そっか。
「じゃあ、オレのことも加羽留君なんてよそよそしい呼び方じゃなくて、蓮でいいよ。その……ほら、同じ体験をした仲間として、友達に、的な?」
「友達、か。いいね、じゃあそれで。よろしくね、蓮」
「ああ、よろしく、アオイ」