酢・米・男の子
今日は、あの子が帰ってくる日。
私はあの子のために、砂糖と醤油で甘辛く煮含めた油揚げに、白ごまを混ぜ込んだ酢飯をせっせと詰めていく。油揚げは甘めに。酢飯は酢をきかせて酸っぱめに。それが、美味しさの秘訣だ。
「僕、ママの作ったお稲荷さんが食べ物の中で一番好きー!」
五年経った今でも、あの子が稲荷寿司を頬張りながら褒めてくれたことを昨日のことのように思い出す。
ふふっ、今日も喜んでくれるかしら。
その時、玄関から
「ただいまー!」
という声がして、バタバタと足音がこちらに向かってきた。にゅっ、と完成した稲荷寿司を並べていた大皿へと子供の手が伸びる。五年前と変わらない、小さくて可愛い手。
「こらっ、手洗ったの?」
「ちゃんと洗ったよーだ!」
私が注意するも、稲荷寿司は大皿から一つ消えていった。
あの頃と全く変わらないやりとりに、なんだか少し泣きそうになる。
学校から走って帰ってきて、手を洗わずに、用意してあったおやつを掴んですぐ遊びに行ってしまう。五年前のあの日も、こんなやりとりをして、あの子は玄関にランドセルを残して逝ってしまったのだっけ。
「んもう、ちょっと待ってよ。今、ちゃんと用意するから」
取り皿に稲荷寿司を三つ載せ、あの子がいつも使っていた箸と共に、和室にある仏壇に置いた。お菓子や果物に囲まれながら、写真立ての中であの子はにっこりと微笑んでいた。