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始端・螺旋在れ

パンパンドンドン音のして、ゴテゴテと着飾った茶番が大好きだった自分へ、今でもそれを捨てる事が出来ない所か、やっぱり大好きなままである自分へ、誰よりも先にこの物語を捧ぐ――オールドロマンサーパート2或いはヤングロマンサーとして。

「でも、あの娘の心はわかるまい」

 ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』


11:44


 螺旋階段を登った先の光景は、幾つもの螺旋を隠れ潜ませていた。

 鐘楼の小窓から顔を出し、瓶の底の如く分厚いレンズを通して巫女は世界を眺める。

 地に犇くは石灰と煉瓦の街並みであり、天に轟くは黄銅色の太陽と巻雲の群れだ。

 夜明け直ぐの通りに、人の影は乏しい。目に付くのは、朝の食卓を彩る食料品、嗜好品の運び手位だ。健康な黒山羊より取れた新鮮その物である瓶詰め羊乳ミルク発条二輪車クロックサイクルで配達する肉付きの良い男、意匠化された青菊の印章を胸に抱き、未だ霞んだ朝日の中にあって尚、輝いて見える赤い自転車を引いた熟達の郵便配達員、等等。

 彼等は実際数える程にしか居らず、巫女は街そのものの姿を良く見る事が出来た。

 創造主アモンの降り立った地にして、今は被創造物達が生きる都。

 螺旋都市マハ・ザ・エル。

 始まりの女にして最初に遣わされた巫女マハから取られたこの都市は、崇敬すべき二つ名の通り、今では旧都と新都の境目程度の役割しか持たない円状の城壁に囲まれて、或いは張り付く様に家も道も築かれている。上から見ると実に良く解るが、その並びも向きも、緩やかな円弧を描いていた。等間隔に、何処まで行こうと変わる事の無い距離を隔てて。

 だがそれも、おぼろげながらに見出せる都市の縁とそれを囲う荒野へ近付けば、また違って来るものだ。伝統建築や都市景観に価値を見出さぬ地方からの新参者によって、道路は不均一な長さを誇り、恐れ多くもかつて神堂にしか許されなかった螺旋屋根の尖塔を抱いている摩天楼だって少なく無い。無神論者の無計画さが招いた結果だ。特に新造された市庁舎は酷いもので、その全長も、禁止条例に抵触するかしないかの範囲である。お陰で、特定の方角だけ欠けて見えてしまっている。尤も神堂は一つでは無い為、その様な欠落なら無数にあったし、また今の市長、あの灰色の男の事を思えば良く解る話でもある。と、同時に、この世界に蔓延る現状もまた考えるならば、頷く事も出来よう。

 巫女は、緩やかな三角状に尖るか、真っ直ぐ捻れて尖るかする屋根の上を越えて、その彼方、マハ・ザ・エルの外へと、瞳を動かす。

 何区画をも越えた先より広がる荒野には、人の気配どころか動物の気配すらありはしない。こちら側の反対を流れるウルドゥン河周辺ならば別であるけれど、乾いた砂地の上に生きるのは、精々いじけたゼンマイシダ位である。黄ばんだ朝の光を受け、それは鮮やかなヴィリジアン色をした絨毯に見えた。古いチーズに良く宿る菌類の色だ。その間を同類の様に赤く錆びた線路が何本か伸びているが、今、上を走る列車の姿は無い。

 そこから彼女は、更に遠方へと視線を向けた。ここからでは良く見通す事の出来ぬ地平線まで至れば、セピア色に塗られた空を昇り、全ての色と光の源へと辿り着く。

 アモン第一の象徴にして最も身近な力の顕現、太陽。

 白き閃光の車輪を転がし、黄道を辿って虚空を巡り、大地の下を潜り抜けて東方より今再び人々の前へと現れたその球体を、巫女は静かに見詰める。光の先に居るという者、若しくはそれ自体がそうであるという者の姿を捉えるかの様な熱心さで。

 けれど瞳は神の姿を捉えず、直に降り注がれる光に眉がそっと険しくなるだけである。

 と、その時、彼女の背後から荘厳なる鐘の音が高鳴った。

 鐘塔最上階の殆どを占める倍増発条スプリガンクとその他諸々の機械要素が集合体であるアモン機構クロックが、外壁に取り付けられている時計盤と連動し、自動的に鐘を打ち鳴らしている。瞼を抉じ開け、活動に身を任す時がやって来た事を、マハ・ザ・エルに住む人々へ告げる為に。

 巫女はちらと背後に居並ぶ機械群を見た後、再び小窓の外へと向いた。

 鐘の音に導かれ、彼方此方の家の窓が開けられ始める。扉から出て来る者も少なからず居て、軽い体操に興じたり、戸の前に置かれた羊乳瓶やポストの中の郵便物を取り込んだりしている姿がちらつき始める。

 その様子を笑みも無く見下ろしてから暫くして、巫女はもう一度、天空を見上げた。眩しく無い程度に太陽を視界へ収めつつ、白い指先を胸前にやり、それからぐるりと、己から見て時計回りに、内から外へと三重螺旋を描いた。そうしてこう唱える。

「神と子等の御身に幸福が在らん事を」

 原初から受け継がれる祈祷を終えると、彼女は再度、東の方を向いた。視線の遥か先には巻雲が導く黒雲の切れ端があり、その下で真っ直ぐに伸び行く線路には、小さな列車の影が見える。少しずつ、少しずつ大きくなって行く箱状の影が。

 今はまだ豆粒程のそれへと視線を注ぎつつ、巫女はこう呟いた。

 そっと吹き上がる風に、青と赤の羽飾りを付けた黄金色に垂れる長髪を黒い手で抑えながら、静かに澄んだ、何の意思も感情も篭っていないかの様な声色で以って。

「今日もまた良き日となるでしょう」

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