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3 得点係

 僕は昔から運動が苦手である。足が遅いとか持久力がないとかそういう運動能力が低い状態というよりも、走り方が奇妙であったりボールを投げると明後日の方向に飛んでいく運動音痴な部類である。もちろんそんな僕は小中学生の時、体育が苦痛で苦痛で仕方なかったのだが、高校はそうでもない。

 高校で僕のクラスを指導している体育の先生は運動音痴に対して非常に寛容だったからだ。僕がバレーボールの授業でビクビクしながら「突き指しそうで怖いなあ」とこぼしているとその言葉を聞いた先生が


「花村、無理せんでええで! 怖かったら得点係やっとき。成績は協調性やらなんやかんやで上げておくから安心しい!」


 と言ってくれた。地獄の体育から逃げるという選択肢を提示してくれた先生は僕の目には仏様のように映った。

 それからの体育は、その先生と駄弁りながら得点係をしたり記録係をして過ごした。先生は毎度、大学で学んだというスポーツ健康学的な話をしてくれるのだが、それがとてつもなく面白い。もう、この先生に「崖から飛び降りろ」と言われたら飛び降りてしまうほど、僕は先生を敬服している。名前はまだ覚えていないけれど。


 そしてよく冷えた今日の一時間目、体育の先生といつものように話に花を咲かせていると、会話の中に異物が紛れ込んだ。


「おーい花村、何の話してんだー?」


 最近よく目につく不良少女である。休み時間のお昼寝タイムに加え、体育のおしゃべりタイムまで、彼女は僕の安寧の地を破壊するシヴァ神なのか。


「お! 花村くんの彼女か? 根暗そうに見えて、意外と隅に置けんやっちゃなぁ」

「ち、違いますから先生! ただのクラスメイトです。それも、あまり話したことがない希薄な関係です」


 この先生は容赦や遠慮というものが一切ない。まあ、思い切りが良いからこそ僕をスポーツの悪夢から解放できるのだろうし、直してほしいとは言わないけれど反論はする。


「薄情だなあ。この間、エッチ直前までいった仲じゃねえか」

「よぉーし、ちょっと黙ろうか!」


 慌てて彼女の口を塞ぎにかかる。しかし、時すでに遅し、体育の先生は「ごゆっくり」と言わんばかりに、してもしなくてもいいクラスメイトたちのサッカーの審判に行ってしまった。せっかく先生に体の柔軟性と循環器系疾患の関係について話してもらっていた途中だったのに、山下許すまじ。


「なあ花村、何でいつも体育見学してるんだよ。成績は大丈夫なのか?」


 あっけらかんとした顔で山下が言う。人の楽しみを破壊しておいて何という態度だ。


「見学じゃなくて、ちゃんと得点係をやってるから。お前こそ、女子の体育のところに戻らなくて良いのか? いや戻れ」


 僕は露骨に嫌そうな態度を見せる。


「女子は先生が出張で自習になったんだ。だから、花村のところに来た」

「論理の飛躍が凄すぎる!」


 因果関係が弱すぎる。間にもう二、三の因果が必要だ。


「お前いつも体育の先生と楽しそうに話してるよな。教室では窓際に追いやられてぼっちしてるのに、ちゃんと人と話せててビックリするわ」

「人を煙たがられて追いやられた窓際社員みたいに言うな。それに、僕が窓際に座っているのは厳正なるくじ引きの結果だ。断じて嫌われているわけではない…そう嫌われているわけでは…。それより、早く帰れよ。僕なんかよりも、いつもの取り巻き連中と話した方が楽しいだろ?」


 その質問に山下はどもりだす。


「そ、それは違う…お前としゃべりたいんだ…そう!お前はアタシに遠慮しないだろ? あいつらアタシと話してても、全部肯定しやがって張り合いがないんだよ」


 腕を組んでエッヘンといった様子の山下。とってつけたような理由だったが、本当の理由はセンシティブなものかもしれないので深追いはしないでおく。


「あんな偉そうに軍団を引き連れておいて、上っ面だけの人間関係だったなんてダッセえな」

「うん…まあ…」


 揶揄したらしみじみと受け止められた。いや、「そんなんじゃねぇよ!」と否定してもらわないと僕が悪者になってしまう。もしくは深刻に山下のお悩み相談を受けているようにも捉えられかねない。もしかして、本当に助けを求めているのか?


「山下、お前マジで悩んでる感じか?」

「まあな…どうしたらいいかな?」


 いつものあごを突き出して余裕そうな態度の山下はどこへやら、作り笑顔で僕に顔を向ける彼女は何かを我慢しているように見える。

 僕は山下のことは嫌いだけれど、人付き合いで悩んでいる人の相談は蔑ろに出来ない。自分自身が長年悩んでいた問題だったからだ。


「まずは、その不良っぽい格好を変えたらどうだ? お前を怖がっているやつ結構多いから、それだけでもマシになると思うぞ。そうだ。一学期のころに戻せばいいじゃん。そっちの方が似合ってたから」


一学期の山下は今思い返すとかなり可愛かった。長く艶やかな黒髪に、整った目鼻立ち。くりくり目の優しい印象があった。


「ホントか!? 一学期の方が好みか?」


 顔が近い。それに好みかどうかは関係ない気がする。


「うん。そのケバいのよりはずっと似合ってた。てか、その格好がモテると思ってやってたのか?」

「そうだ。アタシの中学の時の連れはこんな格好のばっかりで、みんな彼氏がいたんだ。だから、真似した方が男ウケよくなるかなって…」


 疑似相関も甚だしい。不良の格好をしたから彼氏ができたのではなく、不良の格好をするような奴らが通う学校が性に奔放なだけだ。おおよそ、夏休みに久しぶりに会った旧友の話に焦りを感じて、山下は今の格好になったのだろう、


「むしろ前の格好の方がウチの学校では男ウケいいと思うよ。少なくとも僕は前の方が好印象」

「マジかよ! じゃあすぐに戻すわ。はじめっから花村に聞いときゃよかったな」


 はち切れんばかりの笑顔で嬉しそうにしている山下。彼女の顔に漂っていた暗雲はすっかり吹き飛び、いつもの調子に戻ったようだ。しかし、嫌いな山下にアドバイスをしてしまったことに何だが屈辱感を感じる。一矢報いたくなってきた。


「今のお前の化粧ケバ過ぎてマジ見苦しかったから、今日言えてスッキリしたわ」

「はぁー!? 死ねよ♪ そんじゃ、相談乗ってくれてありがとな」


 そう言って彼女はニコッとこちらに笑みを向けてから靴箱へ向かった。最後の嫌味を受け流されたことは腑に落ちないが、感謝をされて悪い気持ちにはならない。しかし、それがまた山下の手の上で転がされているようにも感じて少し腹立たしかった。

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