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1 足蹴

 食堂のソースかつ丼大盛りを食べて爆上がりした血糖値が下がって眠たくなってくる昼休みの残り三十分、僕は窓際の自分の席で日向ぼっこをしながら昼寝するのが日課になっている。太陽の光エネルギーを吸収してほんのり暖かくなる頭髪と背中が、少し肌寒くなってきた今の季節とても心地よい。

 僕がそんな極楽に向かっている最中、強い語気と共に机が蹴られた。


「起きろ、花村」


 日向ぼっこを邪魔されて、少々腹を立てながら僕は顔を上げる。そこには、クラスで関わりたくない人物ランキング一位の不良女子、山下圭(やましたけい)がいた。


「君みたいなクラスのカースト上位が僕に何の用だ。暇なのか?」


 その言葉を聞いて山下はしかめっ面だった顔をさらに険しくする。

 彼女はこのクラスのカースト上位グループのリーダー的存在、すなわちこのクラスの統治者とも言っても過言でない。憎たらしいほどに整った目鼻立ちと、誰に対しても臆せずものをいう性格はクラスの統治者にぴったりであり。少し素行に問題が見られるが、この進学校の定期試験と模試では毎回上位を取っているため、教師たちもあまり強く注意はしない。


「昼休みに手持ち無沙汰で寝てるぼっちのあんたよりはマシ。花村、あんたブログのアフィリエイトでえらく稼いでいるらしいね」


 僕は最近、趣味について書いていたブログが収益化できるようになって、高校生にしてはかなり懐が潤っている。別に隠そうと思っているわけではないが、このことはいつも登下校が一緒の真希(まき)ちゃんにしか言っていない。

 少し遠くに座っている真希ちゃんを見ると、目が泳いでいる。分かっていたことだが、犯人確定である。


「それでなんだ? カツアゲでもするのか?」


「アタシがそんな触法行為するわけねえだろ。 財布のひもが緩くなっていそうなあんたに美味しい提案をしに来たんだよ」


 山下のような非行少女が持ってくる提案なんてロクなことじゃないに決まっている。


「結構。マルチや情報商材は間に合ってます。あ、投資なんかもしないからね?」


「そんな詐欺まがいなことじゃないねえよ!」


 山下が頬を紅潮させながら詰め寄る。近くで顔を見るとかなりケバい。以前まであった、血管が透けて見えそうなほど白い肌と愛らしいくりくりの目が台無しだ。彼女の化粧は、高級な黒毛和牛のステーキにケチャップをかけているようなものである。


「で、なんなんだ。提案って」


 少しでも山下を不快な気分にさせるために机に肘をついて、足を組む。お金持ちボンボンばかりであるうちのクラスメイトは山下の気を悪くしないようにいつもビクビクしながら接しているようだが、治安のよろしくない地域で義務教育を受けた僕が山下ごときにひるむわけない。


「三万であんたとヤッてあげるわ」


 山下のその言葉に、授業が始まったのかと錯覚するほど、教室がしんと静まり返る。さっきまでの有象無象の話し声が全て中断され、眉を寄せて怪訝そうに眺める女子、ニヤニヤ興味ありげに見ている男子、クラス中の視線が一気に僕たちに集まった。

 そんな周りの目に臆することなく、山下は顎を上げて余裕ありげな顔でこちらを見下す。


「嫌。お前、性病持っていそうだから」


 僕がその言葉を発して三秒、世界から切り離されたように静寂が訪れた後、堰が切れたように教室に男子たちの「わはははは」という太い笑い声が響き渡る。振動の一切ない世界に現れた瞬間的な笑い声は、何かが爆発でもしたかのよう。


 僕は何ら根拠もなく、こんな発言をしたわけではない。山下は歴代彼氏が多いのだ。それにパパ活をしているという噂もある。断定はできないけれど、そう思われるだけの情報はいくつかあるということ。

 まあ、わざわざ言う必要はなかったのだが、僕はいつも横柄な態度をとる山下にうんざりしていたわけで、やっかみで言ってしまったというのが正直なところ。


「は、はあ?」


 さすがの山下も僕の返しを予想していなかったようで、たじろいでいる。いつもつりあがっている眉尻を下げ、あごも引き、茶髪を指でくるくる巻きながら、キョロキョロしている。さっきの不良少女とは全く別人のようで、少しだけ、ほんの少しだけかわいいと思ってしまった。


「山下お前、クラス中の笑いを掻っ攫うなんて流石だな。ファッション不良は卒業して、次はコメディアンを目指してみたらどうだ?」


 さっきの大盛り上がりから、なかなか熱が冷めず、男子たちはさらに「いいぞ花村、もっと言ってやれ」とおだててくる。女子は肩をふるふるさせ、仲間同士隠れながら笑いをこらえている。今まで山下に抑圧されていた鬱憤が昇華されているのだろう。


 さて、山下といえば、言葉が見つからないのかオロオロと右を見たり左を見たり。進学校の成績トップなのだから、語彙は豊富で頭の回転も速いはず。おそらく焦って頭の中が真っ白なのだろう。いよいよ山下に申し訳ない気持になってきたので「大丈夫?」と声をかけながら腕をつつく。


「死ねっ!」


 その一言と同時に踵を返して、教室から出て行った。大きな足音を立てて、耳を真っ赤っかにしながら出ていく姿は敗北同然。全国模試上位が「死ね」としか言えないほど、慌てているのが滑稽だった。

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