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風邪をひいてしまった。さて、発熱はしないが、どうも体調がすぐれない。吐き気と聞かれれば否である。けれども、四六時中、具合の悪い、気持ちの悪い。体の中で常に定型をもたないスライムのようなものが、わたしの身体を駆けている。そんなぐあいである。
この時も「今日」は進行していくわけであるが、わたしはひとつの特殊能力のようなものを得た。ここ最近の話ではないが、ともかく。その能力というのは、他者が、毎日毎日自分の股間をいじくり回しているかどうかの判別がつくようになった、といったものである。
共感をもとめるようで悪いが、我々は日々多数の人を目にし、出会い、言葉を交わす。そこで、男に限った話であるが、なんとも活力を感じ得ない、あるいは自信のひとかけらすら見当たらない、という人物がいるではないだろうか。わたしは、そういう人物を見ては、ははあ、自身の自身に夢中で自信を失っているなと、偏見を練るのである。これを能力と呼ぶにふさわしいと感じるかどうかは、どうでもいい。
ともかく、わたしは彼らを格下に見ることで心の平穏を保っている。
わたくしごとではあるが、他者に関わることで飯を食っている。ので、多くの人を目にする機会がある。その時に、わたしは、うわっつらの挨拶を投げかけては、人を区別している。
下をみがちなひと、目すら合わせないひと、手が身体の中央でもぞもぞと動いているひと、青白い顔のひと、気力のないひと。恥ずべきことであるが、この時、わたしの能力が声高に喚起するのだ、自慰の者が来たぞと。
ここでひとつ、わたしの話をさせてほしい。勿論最初っからわたしの話であるに間違いはないが、外見の話である。
わたしの外見は、それはよくないもので、たった今風邪をひいているのもあり、血色はわるい。日に焼けてはいるが、変に具合の悪そうな人相である。常に気力にいまひとつ欠けており、周りから「つかれている」「げんきがない」と言わしめる。ただひとつ自慰の者と異なる点はといえば、機嫌と声がはつらつとしているくらいで、一目みた印象はさして彼らと異なる部分はない。
ここまで書いて、わたしと彼らの相違点はかなり希薄なものになってきたが、けして彼らとわたしが同様というわけではない。そもそも同様な人間はいないのだが、ともかく。
唐突であるが、しびれを切らしたコップがわたしに話しかけてきた。
「結局きみはなにがいいたいんだ」
「風邪を治したいんだ、いますぐにでもね」
「人をわるくいって治るものなんかないね」
そういって、彼の中身が紫に代わっていく。
「悪くいう。違う。ただ、わたしは、オナニーばかりしているやつが、この世の不条理について、自分がもてない原因についてを他者に押し付けているのが腹立たしくてたまらないだけなんだ。なにもできないなら、なにもいう資格はない」
「そうかい。この世は静かになるね」
コップはあぐらをかいて横になる。中身がわたしの脚を濡らした。
※陰性