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構成を考えずに書かれるものほど無益なものはないだろう。益を求めて筆を執るとこういった批評は非常に攻撃力を持ってわたしに立ち向かってくる。
しかしながら、これは単なる時間つぶしの一環でしかなく、かつ益というものから遠くかけ離れているものだ。これを文たらしめる必要など、ここには何一つ存在しない。推敲などしない。
ぶつくさとした考えに頭を捻ってそこらを歩いていると、わたしは一人の青年に会った。さて、顔の血色も悪ければ生気もろくに感じられないような、ひどくこの世を憎みつくしているような男である。ふと、わたしは出どころのない好奇に駆られて彼に言葉を投げかけてみた。一丁前の人間であれば快活にわたしを見て言葉を返すものであるが、この男はそうではない。どうやら声の主は地面にいると思っているのか、わたしの目どころか、顔の一端ですら目にいれやしない。当のわたしが見られるのは彼の、少々禿げ上がったつむじだけである。
これでは話にならない。既に、わたしの、彼に対する好奇というものは地に落ちて見つからないようなものであるが、ここはお節介というべきか、彼に言葉を投げ続けてみる。
面倒に感じられたかもしれないが、青年はようやくわたしを認識し、言葉を返した。だが、その言葉というものも、蚊の声というべきか、聴きとれるものではない。なんというか、わたしはそこで根気を失って、じゃあ、と過ぎ去った。
わたしが世の中に疎くなっている間、少し変わっているようだ。青年はすべからく挨拶をするものだと思っていたし、はきはきと物事を伝えるものだと考えていた。どうやらその常識は変わっていたようであった。
しばらく道を進んでいると、そこでわたしは自動販売機に出あった。彼は快活に挨拶を交わし、せっかくであるからとわたしに温かい飲み物を譲ってくれた。彼はこの寒い中でも笑顔を絶やしていなかった。
「ささ、ご老体。そこの長椅子に腰かけなさいな」
「すまない。しかし、きみはなんて親切だろうか。こんな優遇を、わたしはまだ受けたことがない」
自動販売機は快活に笑い、わたしの隣に腰かけた。目の前に広がる白昼夢の景色に、緑色の吐息を吐き出す。缶を開けたわたしに、ストローを渡してくれた。
一息ついたわたしであるが、そこで彼にさきほどの出来事を話してみることにした。なんでもかんでも、話してみたくなるのが、ここ最近の流行りというものか。
「…ということがあった。きみの意見を聞かせてほしい。わたしが間違っているのだろうか」
「ははあ、ご老体。それは流行り病というやつですぞ」
怪訝な顔をする彼にわたしは好奇を止められない。やはり世の中には新しい風潮というものが来ている。わたしが少しの間いなくなっている時に。
「若者は力を失っているのですぞ、ご老体」
「ふん、いかようにしてだ」
「世の中には勝っているものと負けているものが常に存在します。勝者は我の道を進み、成功を掴み、幸福へ向かう」
「少々偏屈な考えだが」
缶を呷り、わたしは彼でなく、遠くに見える朧げなビル群に目やった。
「では敗者はどうしましょう。彼らは、敗北感情に呑まれ、逃げる道を模索する。そんな道など存在しないと分かっていながらも、模索を続けるのです」
「それで」
「ご老体は昨今の、ライトノベルは御存じでしょうか?」
「なんだいそれは、耳にしたこともない」
「まあ、逃げ道みたいなものですよ。敗者が感じえなかった優越と快感を追体験する本ですかね」
「そいつは面白そうだ。ぜひ読んでみたいものだが」
「そうですか。ろくなものじゃないですよ」
静かに自動販売機は目を閉じる。私の返しがさして興味のひくものでなかったか。ともかく、彼がそのらいとのべるとやらに大きな偏見と個人的な恨みを感じていることは分かった。
わたしの手にもつ缶は既に冷え切ってしまっていた。
「すまない。もう行かねばならんのでな。温かい飲み物を、感謝するよ」
自動販売機は小さく相槌をうち、わたしを見送った。実に、行かねばならない理由などはなかったのだが、なんとなしないづらさを感じてしまったがゆえ、離れないわけにはいかなかった。
歩を進める。今日はいずれも、進んでいく。