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王都のチートな裏ギルド嬢  作者: 秋津冴
3.庭にダンジョンができた

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エピローグ


 足元を素足にロングスカートでなく、ズボンと長靴にしておいてよかった。

 胸元を包む生地を薄手のブラウスとかでなく、革のジャケットに内側にはごわごわとしたラーグ羊の羊毛で編んだセーターとマフラーにしておいてよかった。

 エミリアははるかな天空でそう思い、ほっと一息をつく。

 地上からみあげたらこんな高高度だ。

 隣にほぼ真横に見える巨大な山脈の頂点が確か、五百メートルほどあると天に昇る前に聞いた。

 

「ゴヒャクメートル……」


 もし、いま足場が消えてなくなり天空から真っ逆さまに落ちたら即死待ったなしの状態になる。

 誰も支えてくれず、むしろこの高さからの落下なら速度的にっても誰も助けられないだろう。

 巻き添えにしてしまい、死傷者が増えるだけの話である。


「落ちないようにしなきゃ」

『落ちるにしても民家の上とかやめてよねー?』

「はい? 先輩? シリルさん、どこから声を……」


 いきなり脳裏に響いたシリルの良く通る意志の強い声にエミリアがあたりを見まわした。

 しかし、目に映るのは天空を往く雲と青空と足元に並ぶレンガ屋根と城壁。そして、その外側に続く田園風景だ。

 特になにかが隣に立っているわけでもなく、向こうから強風に吹かれた野鳥が押し戻されてくるのが目に入る程度である。


『地下から!』

「はあ? ということはそちらはもう制圧が完了……と?」


 どうやら脳に関わる波長か、もしくは心を繋ぐ精神的な何か、もしくは空間を歪曲させて?

 通信用の魔導具を渡されていたものの、相手からの通信を受信したら蒼く点滅するはずのそれはまったく無反応だ。

 とういうことはそれ以外の何かを利用していることになる。

 ふん? と顔を傾けたエミリアは自分の左頬に先輩たちの祝福を頂いたのだと思い返す。

 どうせそこを触媒か何かにして音声だけを脳内に転送しているのだろうと理解する。


『そうね! たいして大物も上には上がって来られないみたいだし、結構簡単だったわよ』

「そちらは簡単かもしれませんけど。こちらはどうかと……」


 ついさっきから目の前の空間がどろりと溶け出して、現れた巨大なそれを視界に収めたエミリアは生きた心地がしなかった。

 そこには人の目玉を数万倍にしたかのような、片目だけが浮かんでいて、眼下に広がる街並みをぎょろぎょろとなにかを確認し、選別するかのように見渡している。

 やがてそれが中空を漂うエミリアをじろりと一瞥するが、特に興味を持たなかったようで視線は逸れてしまう。


「ひっ!?」

『あーはいはい。あんたなんか相手にされないから、安心していいわよ』

「どうやら……その、ようです……」

『うん、分かってる』


 ビビリの後輩の悲鳴に、シリルは特に慌てふためくこともなく落ち着いて言って退けた。

 先輩ひどい、とエミリアは心で思うものの両足はさきほどの巨大目玉を見たせいですくんで動けなくなっていた。

 なるほど、相手にされないわけだと自分でも納得してしまうのが情けなかった。


『あと少しでナターシャもそっち行くから。というか、すでに昇ってる?』

「ナターシャなら反対側にいますけど……」


 と、ほぼ真正面に対峙する蒼い髪を風にたなびかせたナターシャを見て、エミリアはそう返事をする。

 真っ青な髪はそのまま空の蒼に吸い込まれていきそうだった。

 さてこれから何をどうするというのか。

 どちらにせよ、ダンジョンが天地両方で成立するという論理は、常識からすれば飛躍しすぎだと思ったがどうしてどうして。

 確かに、地下の反対の極点には眼球が存在する。

 後からすべてのダンジョンがそうなのか、ナターシャに確認しなきゃ、とエミリアは思いつつ脳内にばしばし遠慮なしに飛び込んでくる指示に身を任せていた。


『はい、そこ角度違う。もうちょい右ー。ずれた! もうすこし前に一歩……そうそう動かないでね』

「はーい! 寒いんですけど!」

『我慢しなさい! 風と地磁気のお陰でだいぶ狂ってきてるのよ。一発で仕留めないと意味がないんだから』


 何をどう仕留めるなんて先輩たちは教えてくれない。

 ただ、ちょっと上に上がって中継点になりなさい。もし攻撃されたら爆破魔法と一緒に覚えた防御魔法でどうにか防ぎなさい。逃げたらだめよ?


 とか言いくるめられてエミリアは今ここにいる。


『はいはーい。レム、いい?』

『俺は良いぞ。早くしてやれ、後輩が死にそうな声を出している』

『もう……甘いんだから』

 

 と、レムの心配の声に引き続きシリルの舌打ちがエミリアの脳に響き、後輩が心を悲しくしたときだ。

 恐らく、ここ数世紀でも誰も目にしたことのないだろう大魔法と思われるもの、が世界を覆い尽くした。

 地下からはエミリアとナターシャのいない正方形の別々の二辺から、青白い光と朱色のそれがズンズンズンズンっとせりあがって来る。

 それらはある一点までくると、互いに互いを追い求めるかのように平面に移動を開始してエミリアたちにぶち当たった。

 そこからは正方形が空の上に描かれ、エミリアとナターシャからは地上に向けて緑と金色の光が逆に降りていく。

 逆三角錐がそこには光によって形成され、そのど真ん中には例の一つ目があるのかないのか、瞼をしばたかせていた。

 やがて、しゅぽんっというあまりにも間抜けな空気が抜けるような音がしてその瞳はぐるんっとさかさまに白目をむいてしまう。


「えっええ? なに、なんですか、これは! 先輩っ?」

『気にしなくていいわよ、下との接続を断ち切っただけだから。今から時空の入り口を封鎖するからあんたたち、動かないように』

「え、は? あ……はい」


 動かないようにと言われて動いたらどうなるのかあっけなく予測できるだけに、身じろぎも一つもする気はエミリアにはない。

 それはナターシャも同じようで、遠くに見える彼女はほわっ、とあくびをしているように見えた。


 それからあれやこれやでシリルが先頭に立ち、こまごまとした封印だの時空の歪みを補正するだのといった細やかな作業に追われてすべてが終わったのは、十日後のこと。

 一同はこれからのんびりと世界を旅しますと言って去ったナターシャと別れた後、ようやくそれから三日をかけて王都に辿り着いたのだった。



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