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王都のチートな裏ギルド嬢  作者: 秋津冴
3.庭にダンジョンができた

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8.異邦の調停人



「またあなたと組むのね……」


 喉から口をついて出たのは溜息を通り越したあきれだ。

 ナターシャはひょっこりとやってきた。

 誰彼に指示されるわけでもなく、自分の意志でするりとエミリアたちが休んでいた兵舎の一室に顔を覗かせたのだ。


「お久しぶりです? そうでもないのかな? またと言わず、これからもお願いしたいものですよー」

 

 などと彼女は屈託のない笑顔をこちらに向けて挨拶してくる。

 これが深夜でなければ嬉しい。

 三日間の疲れをどうにか癒せると思って深い微睡の中にいたのに、ナターシャの水色に発行するその髪からゆるゆると飛ぶ燐光は、まぶたの裏にある瞳の奥にまで届いてくる。

 眠たいとぼやいても寝かせない。

 そんな意図が含まれているような気がして、エミリアは不機嫌だった。


「まだ深夜だと思うのだけれど? ナターシャさん?」

「そうですねー。人の時間で言うとそんなものでしょうか。しかし、私たち魔族には神聖な月光を浴びる時間でもあります」

「そうですねーって……それなら深夜の空の上で、月光浴でもしてくればいいじゃないの」


 寝ぼけまなこを人差し指でこすり、エミリアは目をしょぼしょぼさせながらナターシャの弾けるような若さに応じる。

 まだ外は薄ら寒いし、夜着の上にコートを羽織っただけでは暖かさに心もとない。

 シリルたち先輩コンビからは、うっさいから外で相手してきて! と部屋から閉め出された。

 先輩は優しくないし、来客はとてつもなく場違いな程に元気だ。

 まったく、最悪の展開である。


「空を飛ぶのはやぶさかではないですが、いまは時期が悪いですねー」

「時期?」

 

 もう寝ることを諦めたエミリアは、ナターシャを部屋のリビングに押し出して待たせていた。

 その間に火を起こし、湯を沸かして、自分もさっさと動ける服装に着替えてしまう。

 どうせ、このハサイヒメは大人しくすることを知らに人種なのだ。

 これから何かをしましょう、とか言い出すのは目に見えていた。


「時期です。上にはダンジョンの管理部分があるので」

「あー……レム様がおっしゃっていた、逆三角形のやつ?」


 温めたコーヒーを飲むか、と与えたらナターシャは兵舎に据え付けられていた砂糖をこれでもかと、黒い波間に放り込んでいた。

 それ、甘すぎるんじゃないかしらとエミリアは思ったが口に出すのを止める。

 いちいち、ハサイヒメの行動に口を挟んでいたら時間が惜しいのだ。

 もっと有用にできることはいくらでもある、そう思ったからだった。

 ナターシャはそうそう、と頷くとコーヒーを啜る。

 時折、「あちっ、あちっ」と小さく悲鳴が上がるのは猫舌だからだろうか?

 よくわからないまま、エミリアは二杯目のコーヒーを彼女のカップに注いでいた。


「そうそう、それですよ。今回は三角錐ですから巨大な底が天空には存在することになります。いまここにある……」

「ここ?」


 と、ナターシャはマンドリン男爵邸そのものを指さしているらしかった。


「ここです。この土地の地下に三角錐の頂点があるので」

「シリル先輩から聞いたわ。上と下で真逆になるんでしょう?」

「正解です、さすがエミリアさん。そして、王国政府は国交を樹立するよりも穴を……つまり、入り口を閉じてしまいたいという決定を下したようでして」

「上層部、ね」

「来る前に王都にいましたけど、いろいろと大変のようですよー。王族というのも」

「そりゃそうでしょうね。二人の殿下が国難とも言えるような大問題を起こした後だし。法執行機関の本部棟をそのまま崩壊させるようなテロ行為まであったわけだし。いまの政権もそうだし、国王陛下にも国民や国内外からの視線は厳しいものになっているでしょうね」

「そして、今回のダンジョン騒動。まったく誰が画策したものでしょうか、と」


 そう言うなら、とエミリアはチラリとナターシャを見た。

 この子だってそのダンジョン騒動の一因の一つなのだ。

 まるで誰かが次々と起こる問題をあらかじめ用意していたような。

 そんな気配が後ろに見え隠れしてならない。


「もしかしたらあなただったりして?」

「いやいやいや、まさかまさか。そんなことするくらいなら黙って移動していますよ。この地下によみがえった同胞の中に」


 ナターシャはコーヒーのカップから口を離して、ないない、と手を振って見せる。

 確かに言われてみればそうだ。

 彼女たちは同胞で。

 ダンジョンとダンジョンコアを体内に持ち歩くモンスターという違いはあっても、密やかに生きるという方式をもし選択したとしたら……。


「まあ、そっか。同胞だもんね。助け合いすれども、攻撃とか敵に回るとかはしないか、普通」

「ご理解頂けて何よりです」

「それで何をすればあなたとその内側にいるダンジョンコアは満足してくれるのかしら?」

「実はですね……」


 と、世にも奇妙なひそひそ話が開始される。

 そして、翌朝。


 何をどうやったものか、エミリアは天空の一角にコートをはためかせ、魔法陣の上に乗って飛翔する魔法使いになっていた。

 元々、そこにあったものが失われ、そして再び忽然と消えたものが現れる。

 とても不可思議な状況で、とても理解が及ばず、遭遇した誰かは夢か幻かと感じることしか出来ない。

 それがいま目の前にあるのだと思うと、エミリアは得も言われぬ気分に陥るのだった。

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