18.奇妙な信頼
「ではこれで貸し借りをなしということで。簡単に説明しますね。国際条約で公の場における婚約破棄を王侯貴族がすることは、禁じられております。今回の夜会で行われたことはまさしくそのままで、我が国への恥をかかせた張本人が、国を代表するべき王族というのも、よろしくない。王族の特権は保護されていますが、法治国家としてはこれを見過ごすわけにもいかない」
「……? つまり何ですか。婚約破棄されてその場から逃げた私に賞金がかかっているのは間違いだと?」
「あー……それは物は言いよう、と申しますか。王族に対する侮辱罪でシリル様とあなた。レミリア様は告訴されております。これもまた、法治国家としては認めなければいけないわけでして」
「それではどんな解決方法が用意されていると」
「第六王子の愚行を余興とすることはどうでしょうか」
アレンはワインを口に含むと、そう提案する。
なかったことになんてできるのだろうか。
あの夜会にはたくさんの参加者がいて、あれからもう数週間経っていし、彼がやったことは物笑いの種として国内外のマスコミを通じて世界に流れ出していることだろう。
それを今更、余興にするというのはどう考えても国としての体面を取り繕いたいだけだ。
自分やシリルの罪がそれで許されるなら……まあ、悪い条件ではないかもしれない。
「可能ですか? どうやってあれを余興にするおつもりですか」
「それは意外と簡単なことでして。やってしまった情報人同士があれは余興です、と。そう言ってくだされば国の体面はこれのこれで保たれるものなのですよ」
「保ったとしても……もうすでに知られてしまったことまでなかったことにもできない」
この辺りがエミリアの世間知らずと言うか。
頭でっかちな部分と言うか、世の中を知らないと言うか。
意外にもエミリアにそうでもないですよと言ったのはナターシャだった。
「余興にしてしまえばいいんですよ。長いお酒に酔っていて、余興にしてしまえば王子にも公女にも、簡単な罰を与えるだけで済むじゃないですか」
「ナターシャ……あなた、一体?」
「ですからねエミリアさん。国は王族を野放しにしたくないんですよ。でも一応、国名に王国なんて名前が付いているから、最低限のプライドは必要なわけです。そこで悪ふざけの首謀者たる二人に罪を押し付けてしまえば、国としては何も言わなくても済むと。そういうことですね」
「さすがナターシャさんはご理解が早い」
アレンが感心したように頷くと、水色の髪をふふふっと嬉しそうに上下させてナターシャはそうでしょうそうでしょう、なんて自信たっぷりの表情で頷いていた。
「そうでしょう? ですからエミリアさんはさっさと出頭してしまうべきなんです。出て行ったら向こうからはもっともっと悪い人達があなたに会いに行きますから。そこで往復をすればいい」
「とまあ、そういうことでして」
などと監察局の捜査官はご理解いただけましたか、とエミリアの顔を覗き込む。
しかし彼女からしてみたら理解なんてできるはずもない。
せっかく逃げ出したのに悪党どもの巣の中に放り込まれ、おまけに相手の首を取ってこいと言われているのと同じではないか。
生贄どころか、それを上回る以上の働きをしなければ助かることができないなんてこれはあまりにも酷い。
ひどすぎる仕打ちだ。
「やっぱり私に人を殺せと言われるんですね」
「いえいえそんなことは言ってませんよ。私たちもあなたと彼らが接触する時にはそばにいますし」
「え……?」
「直接的ではありませんが壁一枚隔てた向こう側ではちゃんとあなたを補佐しますから。まあ、あまり落ち込まないで、これが終われば新しい人生が待っていると考えていただいても問題ありません」
「問題はあるでしょ? 新しい人生と言ってもどんな場所に行ったって必ず誰かに監視される。そんな人生ではありませんか!」
苛立ちまぎれにテーブルを叩いたらガチャンと音がして皿が音を立てる。
一瞬、食べている料理の皿が宙に舞ったのを見て、ナターシャが慌ててそれを抑えた。
「エミリアさーん。だから何度も言ってるじゃないですか、私がここにきたのはあの魔法を教えるためだけじゃないんですよ。あの魔法は、爆発する方向性を変えれば自分を守る盾にもなるんです。なんでもかんでもそう悲観的に捉えるのはいい加減にやめてください……ご飯がどっかに行ってしまいますか
ら」
もう一度、皿に宙を舞われてはいやだからとナターシャは大事そうに自分の食べている料理の皿を少しだけ両手で持ち上げて、エミリアに文句をつける。
「ごめんなさい。でも私……誰かにこんなに利用されるなんて生まれて初めて……」
与えられた荷物はやっぱり彼女には重荷だった? 無言でレムにアレンは問いかける。
彼は、失敗しそうならやめよう、そんな顔をしていた。




