16.隠れた身分
今更、復興を望んだところでそれが叶られたとしても何も嬉しくない。
貴族が没落するとき。この王国においてそれは、一家全員の斬首かそれとも投獄か、追放か。
どちらにせよ残してきた家族のまともな未来は想像しがたい。
とりあえずエミリアの中では家族はもう死んだものと決着がついていて、そこに触れて欲しくはなかったのに。
朱色の猫は許す気が無いようだった。
「考えてみれば私がこの王国に残る理由は何もないのですね」
「自分には何もできないと嘆く馬鹿がそこにいるだけだ」
「レム様にはお分かりになられないのです、力なきもの。虐げられし者、現実を変えたくてもそれが許されないもの。そんなものたちの悲しみなんてわからないのです」
「悲劇のヒロインをやりたいなら、劇団を紹介してやろうか? 俺も今捕らえられてるあいつも、最初はちっぽけなもんだった。つまらん過去はどうでもいい、お前は方法を習ってそれを監察局に教えるんだ」
「それができたからといって我が公爵家の復興など見込めません!」
思わず口をついて出た一言は考えてもみなかったことだった。
それが自分の心のどこかにあった本音だったと分かるとエミリアは自分で自分を騙していた現実を恥ずかしく思ってしまう。
なんだ、これ。
本音はそんなところにあったなんて。
復讐はやらされるのではなく、あっちからやってきたのでもなく。
自分が選んだからやってきてくれたのだと気づく。
「どうしたいかはお前がすでに決めていただろう?」
チャンスを活かすも殺すも自分次第。
レムが言ったその言葉の意味を理解し、エミリアはどこか力なさげに返事をする。
「あ、ええ。そうですね」
小さく頷いたらタイミングよく、レムが巨大な尾を振り上げて左手を見た。
そこには一人の男性が、貴族風の趣味の良い衣装に身を包んで歩いてくるのが見えた。
「彼が監察局の人?」
水色の髪が長すぎて、料理の皿にそれがかかりそうになるたびに、ナターシャはそれをうっとうしそうに後ろへと手櫛でやり、また長髪の先端は前に降りてくる。
エミリアにどうにかしてやれとレムがいい、手持ちの櫛で髪を止めてやったらどうにかそれは収まりがつく。
そんなやりとりの中でテーブルに座り無言でグラスに注いだワインを飲む男性を見て、ナターシャは疑問を口にする。
「今までの流れでそうじゃなければ誰だと思ったんだ」
「いえいえ、冗談です。ご心配なく」
何が心配なくなのか。
今一つコミュニケーションが成立していない気がしつつ、エミリアは監察局の男に目をやった。
「アレンです。どうも」
弱気な姿勢の天然パーマがかかった黒色の髪の毛を短く刈り上げた彼は、どう見ても捜査官には見えなかった。
それどころかギルドに所属して冒険者の相手が務まるようにも見えない。
軟弱で気弱で、胸板が薄くて、喧嘩になれば真っ先に逃げ出しそうだ。
何か特別な能力があるのかとも考えてみたけれど、彼の持つ魔力はそんなに大きくなくてどうやら魔法使いとしてはあまり高い地位にいないらしい。
こうなってくると考えられるのは親から譲り受けたもの。
エミリアと同じような貴族、もしくはそれに準ずる身分のある人間。
そうとしか考えられない。
「監察局のアレンだ。こう見えてもこいつは強いぞ」
「レム様にそう言われると嬉しい限りです」
「シリルと同じほどには強い」
そうなのですか、とエミリアが信用できない瞳でアレンを見たものだから、レムは注釈をつけた。
そんなに強そうには見えないし、魔力関知だって。
また自分を騙してお酒の肴にでもしようとしているのだと思い、エミリアはじっとりとした視線でアレンを見た。
彼は人懐っこい仔犬のような青色の瞳でその視線を挑戦と受け取ったらしい。
着ていたジャケットの内側から、なにかを取り出す。
それを開いてエミリアに掲げるようにして見せた。
「あっ」
少女の驚きの声が漏れる。
それは魔法使いが持つ証明書のようなものの一つで、彼の場合は短めの杖だった。
良く嘗めされた革が巻かれた手持ちの部分には、色違いのものが一枚巻き付けられている。
その色は黄色。
総合ギルドの冒険者のランクで言えばランクA。
全部で八段階あるランクの上から三番目に位置する猛者。
そういうことになる。
「見た目と感知できる範囲での魔力なんて、どうにでも隠せるということだ」
朱色の猫はエミリアの考えを正すようにしてそう言った。




