11.地上への帰還
「えー……と。その、御二人の犠牲は尊いものですが、もうすでにありますので、器は」
「え?」
「あ……嘘」
「本当です。でも一つ問題がありました。入れないんです、というかダンジョンコアに人格はないので、その計算さる部分と言いますか」
「……魔導知能みたいなものってこと? 演算して結果から物事を予測して、ゲームの駒のように穴菜たちを動かして、優位に物事をすすめる、みたいな?」
「そうそう、シリルさん。さすがです、その通りです。容量はあまり要らないのです、私一人でも問題ありません。問題なのは、それをあちらの魔導知能から私へと転送するためには、物理的な何かが必要なのです。それがわかりません」
ああ、それで壁抜けを利用したらいいけど時間がかかると言ったのかとシリルは納得した。
エミリアはよく分からないようで、きょとんとした顔をしている。
役立たずの後輩はいまさら無用だ。
シリルはエミリアを無視することにした。
「応用しなくてもいいと思うわ」
「どういうことですかね?」
「私があなたとダンジョンコア、もしくはダンジョンコアが別のハサイヒメに命じてその周囲にだけ、独立した防御網を張り巡らせたらいいのよ。そこだけ、空間を切り取って、捻じ曲げて、ひっつける。それで独立した物理法則が適用されるから、その中で壁抜けを利用して……ね?」
「ああ、なるほど。その考えはなかった。単純に移動することしか考えていませんでした。なるほど、こちらからあちらへと行けばいいわけですか。しかし、そうなるとそちらが困るのでは?」
「……ダンジョンの崩落だけは勘弁だから。基礎的な素材をすべて固定化して普通の意志や大地にして貰えないかしら。それだけでいいわよ」
「……もし、私達が地上へ出たらどうします?」
「あー……どれくらい人数いるの? 増殖とかする?」
「ははは、いやいや、しませんよ。ダンジョンの中にいるから生息できたのです。ダンジョンコアがこのダンジョンの全てを放棄して私という移動できる素体を手に入れるなら、彼はそれからは一人か……」
「ナターシャ、貴方ただけを望む?」
「そこは分かりませんが、静かにいろいろと回りたいですねー。それで世界を知りたい。マスターにも会いたいので」
「マスターって、製造者ってこと?」
「はい、これでもいるんですよ。この世界のどこかに。ちなみにこのダンジョンは製造ナンバー六。総計でマスターが手掛けたダンジョンは十二を越えますかね。詳しくは分かりません」
もう、十分詳しく語られた気がするのは気のせいだろうか?
とりあえずこのままではダンジョン内部に封印されそうなので、シリルは自力で鎖をバラバラにして戒めから脱出した。
後ろで、「ああっ!」とか悲鳴が聞こえたけど相手にしない。
多分、渾身の力作だったのだろう。その程度で満足するとは、魔法学院の質も落ちたものだとぼやきながら、シリルはエミリアをがしっ、と杖の先でひっかけて足元に引き寄せる。
「そう、ならそれでいいわ。もういろいろと関わり過ぎた気がするから、地上に送還してくれないかしら。失敗したときの為に逃げておきたいの」
「冷たいですねーさすが魔族」
魔族だって名乗ったかな?
名乗った気もするけど、どうでもいい。
崩落の危険からまずは逃げ出さないと。そして、地上でやることもある――と、思ったらナターシャの最後の一言が来た。
「次は本当の御二人に会いに行きますねー。さよーならー」
ぐっと胸の奥の真実を掴まれたような気がする。
そこまで見破られていたか。
足元を見ると、エミリアがどうしようばれちゃった、と寝ぼけたことを言うから蹴飛ばしてやった。
「きゃんっ」
「お黙り! 要らない事ばっかり言わないで! さっきの反抗、戻ったら話があるからね」
「ひえっ」
さよーならーと手を振るハサイヒメ、ナターシャに見送られて二人はシリルの転送魔法により、地上へと生還を果たした。




